第133話 スタンディングオベーション


 井上と学食を出てから別れ、一人自販機の前で悩む。

食後にコーヒーを飲むか、牛乳を飲むか。


 よし、間を取ってコーヒー牛乳にしよう。

自販機にコインを入れ、ボタンを押そうとした瞬間――。


――ガコン


 急に後ろから出てきた指に、ミネラルウォーターのボタンを押された。

だ、誰だ! 勝手に水のボタンを押した奴は!


 後ろを振り返るとそこには遠藤がいた。

横から出てきて、勝手に水のペットボトルをとり、飲み始める。


「おい、何してるんだよ」


「天童君。悪いね奢ってもらって」


 勝手にボタンを押して、勝手に飲むとか。

信じられない態度だなこいつ。


「何を見ているんだい? 飲みかけだけど、欲しいのかな?」


「いるか!」


 なんでこんな所でノリ突っ込みをしないといけない。

ふぅ、落ち着け。もう一度買えばいいだけじゃないか。


 俺は再びお金を自販機に入れ、目的の飲み物をゲットする。

隣では腕組みをした遠藤が俺の事を睨んでいる。


「昼は学食だったんだね、探してもいない訳だ」


 なんだ、俺を探していたのか?


「悪いな、誰とは言わないが今日は教室にいない方がいいと思ったんだよ。じゃあな」


 俺は片手にコーヒー牛乳を持ち、遠藤の横をすり抜けようとした。

が、突然腕を掴まれた。


「何だよ、まだ話があるのか?」


「奢ってもらった礼がしたい。ついてきな」


 何だか面倒なことになりそうな予感しかしない。

だが、断ったらもっとめんどくさくなるような気がした。


「昼休み終わっちまうぞ?」


「問題ない。すぐに終わるさ」


 めんどくさいが遠藤の後について行くことにした。

早く教室に戻って、杏里に報告したいんだけどな。


 遠藤の後を着いていく事数分、普段は使っていない教室にたどり着いた。

遠藤が何も言わずに中に入っていく。

少しだけ緊張しながら俺も教室に入った。


 窓から風が入ってきて、カーテンが大きく揺れている。

奥の机に男が座っている。そして、その隣には数名の生徒が椅子に。

な、何だこのシーンは。まるで某アニメのが会議シーンじゃないか。


「ようこそ、天童司。いや、ナデシコの彼氏よ」


 真ん中に座っている男が、俺に話しかけてくる。


 遠藤はそのまま奥に歩いて行き、一番端っこの椅子に足を組んで座った。

俺を囲うかのように、椅子が半円に展開されている。

なにこれ? 俺はこれから尋問でもうけるのか?


「何だこれは? 遠藤、説明を――」


「会長、俺から説明しても?」


「良いだろう。遠藤、話してやれ」


 真ん中の椅子に座っている奴、見た事がある。

確か、高山に頭を下げていた奴だ。それに、その時にいたメンバーが何人かいるな。

そうか、これはファンクラブのメンバーか。


「天童君、君はこのメンバーが何か分かるかい?」


「姫川のファンクラブじゃないか?」


「ご名答。中央にいる彼が会長。そして、僕もファンクラブに入っている」


 なんだと! 遠藤は杏里のファンクラブに入っていたのか!


「それで、俺に何か?」


「天童君は姫川さんとお付き合いしていると言っていたね?」


「あぁ、付き合っている。それが何か?」


「分かっていないね……。このファンクラブは何の為にあると思っているんだい?」


 うーん、そもそもファンクラブってなんだろう?

こないだは色々な隠し撮り写真貰ったし、杏里の情報が欲しいとかも言っていたし。

正直なところ、良くわからない。


「さぁ? 俺は会員じゃないから分からんな」


「それでは答えよう。このファンクラブは、姫川さんの、幸せを、願う、会だ……」


 半泣きになりながら俺に熱く語っている。

そして、他のメンバーも瞼に涙を浮かべながら俺を見ている。


 怪しい。なんだこの風景は。激しく見たくないぞ。

早く教室に戻りたい。


「そうか、じゃぁ、杏里の幸せを願ってくれ」


「待てっ! 天童君は姫川さんを幸せにできる自信はあるのか!」


 杏里を幸せにする自信……。

俺に杏里を幸せにすることができるのか?

そんなわかりきった質問をするとはな。


「あるに決まっているだろう。世界を敵に回しても、俺は杏里を幸せにする」


 シーンと静まり返る。

おかしいな、こんなこと言ったら誰かしら文句を言ってくると思ったんだが……。


「会長……」


 遠藤が会長と呼ばれた男に目を向け、互いに頷き合っている。


「良いだろう。ファンクラブ規定第十二条。姫川杏里と交際のある男子には敬意と祝福を。我々は、二人を、いつまでもっ! 見守っていくぞぉ!」


「「「おぉぉぉぉ!」」」


 スタンディングオベーション!

全員が総立ちし、俺に拍手をくれる。


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


「早く別れろ」


「おめでとう」


「おめでとう」


「おめでとう」


 あれ? 一人だけセリフが違った気がするぞ?

俺の聞き間違いか?


 遠藤が席を立ち、俺に歩み寄って来る。


「天童君、これから君を友(らいばる)と呼ぼう。姫川さんの事はあきらめない」


 何だこいつ、規定とか関係なく動こうとしているぞ?

別れたらその後を狙うって事なのか? そんな事には絶対にならないがな。


「好きにしてくれ。用事は終わりか? 帰っていいか?」


「てんどー! つかさにー! 幸あれっ!」


「「「幸あれっ!」」」


 暑苦しい。杏里のファンクラブってこんなことしていたのか。

高山、参加しなくて良かったな。心底そう思います。


「ところで天童君。ファンクラブはこのまま継続でも良いかね?」


 会長が俺に話を振ってくる。

そんな事は知らん。勝手にやってればいいんじゃないか?


「杏里に許可を取っていればいいんじゃないか?」


「無理だな。このファンクラブは非公式。本人に許可は一切取っていない!」


 非公式かいっ! だったらなおさら自由にすればいいさ。


「今まで通り好きにすれば良いんじゃないか? あ、隠し撮りとかはやめてほしいな」


「うむ。考慮しておこう。しかし、写真は欲しいぞ」


「だったら本人に欲しいと言えばいいじゃないか。杏里と話をするきっかけにもなるし、悪い話じゃないと思うぞ」


「そ、そうか……。では、今度改めてモデルとして依頼をしに行こう」


 会長も悪い人ではなさそうだ。

遠藤は分からないが、これで何とかなるかな?

しかし、思ったより早くコンタクトしてきたな。

きっと遠藤が情報を流したんだろう。


「帰っていいですか?」


「うむ。話は終わった。また、連絡するぞ」


「いえ、結構です」


 俺はメンバーに背を向け、教室を出ていく。

まったく、思ったより時間がかかったな。

昼休み終わっちゃうじゃないか。


 俺はぬるくなったコーヒー牛乳を片手に、自分の教室に戻る。

後ろからは遠藤がぴったりマークしてくる。


「何だよ」


「同じ教室だろ。向かう先が同じなんだ、気にするなよ」


「つか、なんでファンクラブなんか入っているんだ?」


「姫川さんの事を知りたいからさ。気になる女性の情報は欲しいだろ?」


 言っている意味は分かる。

でも、直接聞けばいいんじゃないか?


「杏里に直接聞いたらいいじゃないか」


「この僕がかい? それじゃまるで僕が彼女に惚れているみたいじゃないか」


「違うのか?」


「いや、惚れているさ。だから、これからも狙っていく。覚悟しておくといい」


「やめとけ。俺は杏里と別れることはない」


「この世界に絶対は無い。気長に待つさ、君たちが離れるのを」


 嫌な事をサラッと言いやがる。

お前、モテるんだから杏里以外と付き合えばいいじゃないか。

それに、俺が杏里と別れなければ大した影響はないか。


 よし、気にするのをやめよう。

何だか、時間の無駄なような気がする。


「勝手にしろ」


「あぁ、勝手にするさ。これから卒業までよろしくなっ、友(らいばる)よ」


 何だか勢いで変なことになった。

遠藤も多分悪い奴じゃない。死ぬほどめんどくさい奴だけどな。


 変な友達も一人くらいいてもいいのか?

杏里を狙っていると丸わかりの変な奴だけど……。


 た、高山先生! こんな時の対応方法を教えて下さーい!

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