第132話 友達になりたい
さっきまでニヤニヤ笑っていた井上の表情が変わり、真剣な目つきになる。
真剣な表情の井上は、俺を真っ直ぐに見てくる。
「ボクはね、なんでも二番なんだよ。成績も、女子としても人気も、陸上も」
「二番?」
「そう。試験結果も女子の人気も一番は姫川。陸上も先輩が一番。家に帰っても兄貴がなんでも一番」
真剣な目の奥に、少しだけ寂しさが混じっている気がした。
なんとなく、井上の気持ちもわかるような気がする。
「それがどうした? 二番が嫌なのか?」
井上が頬を吊り上げる。
「きっと、天童君には分からないよ。ボクは一番になりたいんだ。そして、姫川との距離を短くしたい……」
「姫川との距離? どういうことだ?」
「姫川には成績も人気も二番になってもらって、ボクが一番になる。そうしたら、姫川はボクを見てくれるだろ」
どういうことだ? 何をしたら杏里が二番に?
女子人気ランキングとか見た事無いけど、そんなものあるのか?
それに、学年ランキングだってそう簡単に落ちないだろ?
「ボクの話したい事はここまでかな」
『番号札二十番、二十一番。カウンターまでー』
学食におばちゃんの声が響き渡る。
俺と井上の番号が呼ばれた。
「呼ばれたみたいだよ」
「取りに行くか……」
俺はトレイに注文したラーメンとチャーハンを乗せる。
いい匂いだなー、久々だな。
井上のトレイとみるとトーストにサラダのみ。
それだけで足りるのか? 絶対に足りないだろ?
それぞれがトレイを持ち、自席に戻る。
「いただきまーす」
井上は挨拶もなしに、サラダを食べ始める、
マナーの悪い奴だな!
「天童君は普段購買じゃないっけ? 今日はなんで学食に?」
普段は確かに購買でパンを買って他で食べている。
しかし、屋上は灼熱地獄。教室で杏里と一緒にいたら周りが騒ぐような気がした。
杏里と相談し、今日の昼は俺一人で食べる事にして、杏里は杉本と高山と三人で過ごす事に。
杏里達と別れ、一人どうしようか考えた結果、学食を選択したが一人になれなかった。
目の前に井上がいるからな。
「いろいろあったんだよ。あの校内新聞、姫川の件が載っていたやつ――」
「なかなか面白い記事だったね」
井上はトーストを口に入れながら、少しだけにやけている。
「なんであんな事したんだよ」
「姫川の恋人が発覚すれば人気が落ちる。周りが騒げば姫川の集中力も落ちる。そして、彼女はきっと落ち込む……」
こいつ、何てことを考えているんだ。
自分の欲求を満たすために、そこまでするのか?
ゆ、許せん! 何とかしなければ……。
「そんな事して何になる? 姫川に迷惑じゃないか?」
「そんな事無いだろ? 姫川も校内でコソコソしなくて済むじゃないか。付き合ってますって公開した方がいいと思わないか?」
「確かに思うところはある。だけど、やり方が違くないか?」
「手段はいろいろあるさ。それに、ボクが一番になったら、きっと姫川とボクの距離がぐっと近くなると思うんだよね」
そう話す井上は、さっきから笑顔で姫川の事を話している。
どういうことだ? 自分で蹴落としておいて自分との距離を近寄らせる?
「すまん、一つ聞いてもいいか?」
「なにさ?」
「井上は一番になって何がしたいんだ?」
井上は頬を赤くしながら両手を膝の上に置き直した。
なぜかもじもじしながら、女の子らしい仕草をしている。
「あ、あのさ。一番になったら姫川さんと、友達になれるかなって……。クラスも違うし、接点もないし……。ボク、姫川さんの事……」
はい? 杏里と友達になるためにこんな工作していたのか?
やめてくれ。そんな事しなくても杏里はきっと受け入れてくれるはず。
こいつの暴走を即効止めなければ、被害拡大間違いなし!
「俺が仲を取り次いでやる。だからこんな工作二度としないでくれ」
ぽかんとしている彼女。
俺の反応が意外だったのか?
「え? 良いの? ボク、姫川さんの側にいてもいいの?」
ちょっとニュアンスが違う気がするけど、まぁ問題ないだろ。
友達として紹介する位ならいよね? 一度杏里に確認してみるか。
「友達になるくらいだったら、普通に声かけたりすればすぐにできるだろ? その性格だったら簡単じゃないのか?」
井上は明るく、誰にでも声をかけ、スポーツ少女としても有名になりつつある。
友達は恐らく沢山いるし、普通に接してくればいいのに。
「姫川には話しかけにくいんだよ。人を信じていないというか、誰が話しても壁があるように見えてさ。でも、時々悲しそうな眼をしていてさ、そこに惹かれたのかな……」
遠い目をしながらサラダを口に運ぶ井上。その目には何が映っているのだろうか。
確かに杏里はクラスメイトにも線を引いている感じがする。
話し方や仕草が冷たいと感じる奴はいるんじゃないだろうか。
「そんな事無いさ。とりあえず場所と時間を考えて、姫川さんと一度話をしてみようか」
「ありがとう。天童君は意外と優しい男なんだな」
違います。杏里の敵を排除したいだけです。
まったく、こんな手間かけさせやがって。
とりあえず、一度杏里には相談してからかな。
「意外とは何だ。こっちから連絡するから連絡先教えてくれ」
「いいよ、コード読み込んでね」
井上はスマホを取り出し、コードを表示する。
俺は自分のスマホを操作して、井上のコードを読み取る。
オッケー、新しく追加された。
「じゃ、細かい事決まったらこっちから連絡する」
「なんか悪いね。面倒事押し付けちゃって」
「その通りだ。友達になりたかったら、勇気出して自分から話しかけろ」
「それができたら苦労しないよ。ボクみたいな内気な少女は苦手なのさ」
内気とか……、そんなこと絶対にないだろ?
どう見ても積極的にアタックできる性格だよね?
「はいはい……。で、そっちの都合は?」
「部活があるから、短時間だったら放課後抜けられるかな。あと、昼休みだったらいつでもいいよ」
「分かった。適当に調整してみる」
なんだか変なことになったが、これで良かったのか?
井上はただ杏里と友達になりたかっただけなのか?
そして、俺の注文したラーメンに本来あるはずのチャーシューが無いのはなぜだ?
分からない事が増えていくばかりだ……。
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