第131話 正面衝突


 昼休み。今日の俺は学食でラーメンが無性に食べたくなった。

杏里は杉本達と一緒に昼休みを過ごしている。


 久々に一人の時間だ。今日はラーメンにチャーハンもつけてしまおう。

一人鼻歌を歌いながら、廊下を歩いて行く。

ふと、俺の後ろから足音が聞こえてきた。


 俺を追い越すわけでもなく、離れていくわけでもない。

まるでつけられているかのようだ。


 俺は嫌な予感がし、少しだけ歩く速度を上げる。

しかし俺の後ろを着いてくる足音は同じ速さで俺を追いかけてくる。

誰だ? なぜ俺を着けてくる?


 怖くなって俺は廊下を走り出した。

後ろの足音も同じ速度で走り出している。


「待って! 走らないでっ!」


 声がした。きっとこの声は俺に話しかけているのだろう。

立ち止まり、振り返る。


 目の前に井上が。俺に向かい、一切速度を緩めることなく正面衝突。

激しくボディータックルを受け、俺はそのまま飛ばされ、井上の下敷きになった。


「いたたたた……」


 井上が俺の腹の上に乗っている。

正確には俺の胸に井上の顔が。そして、お腹に柔らかい何かが触れている。


「い、井上? 大丈夫か?」


「な、何で急に止まるのさっ!」


 いや、お前が走るなっていうからだよ……。

とは言えずに、井上の肩を両手で支え、起き上がらせる。


「悪い、怪我無いか?」


 井上はそのまま立ち上がり、服を払う。

見た感じ怪我とかなさそうだ。


「大丈夫。こっちもごめん。ぶつかっちゃって」


「怪我が無くて良かった。大会近いんだろ?」


「そうだよ。もしかして校内新聞見てくれたの?」


「今朝見た。そうだ、井上。新聞部に何か話を持ち込まなかったか?」


 お互いに立ち上がり、正面を向いている。

井上の表情に変わりはない。もしかして、井上じゃないのか?


「あ、もしかして姫川の件?」


「そうだ。校内新聞に姫川さんの件が載っていた」 


「お、良くわかったね。まぁ、この話の続きは学食でしないか? ボクお腹が減ってきたんだよね」


 それは俺に奢れと言う事か? それとも情報交換しようと言う事なのか?

今日は少しだけ財布に余裕がある。パン位なら奢ってもいいか?


 いやいや、なんで俺がこいつに奢らなければならない。

奢る義理はない。


「俺も学食に行くが何も奢らんぞ」


「大丈夫。それくらい自分で出すから。それに、お互い情報交換したくない?」


 井上が悪魔言葉を囁いてくる。

確かに今回の件については、真相を知りたい。

しかし、井上に何かメリットがあるのか?


「……いいだろう。だったら早く学食に行くか」


「お、そうこなくちゃ。一人で食べるより、二人の方がいいもんねっ」


「何でそうなる?」


「え? だってそうでしょ? 一人で学食とかボッチじゃん。見てて寂しそうとか、同情したくならない?」


 ならないな。一人学食、良いじゃないか。

一人でゆっくりとラーメンチャーハンを食べようと思っていたのに。


「人それぞれだ。俺は別に一人でもいいと思っている」


「そっか。男と女じゃ考え方違うもんね」


 何か変なことになったが、結局井上と二人で学食に行く事になってしまった。

学食に着き、お互いに食券を購入。

カウンターのおばちゃんに券を渡す。


「はい、いつもありがとね。これ、番号札」


 井上はおばちゃんと親しそうで、互いにニコニコしながら話している。

井上はいつも学食なのか?


「お、珍しいね。今日はパンじゃないのかい?」


 見られているな。

と言うか、学食の隣にある購買には良く来るが、俺の事も覚えられているのか?


「えっと、今日はラーメンが食べたくて」


「いつもパンじゃ飽きるからね。たまにはこっちの温かい食事でもしていっておくれ」


「はい、たまに来ますね」


 笑顔のおばちゃんと話をすると、少しだけ心が温まる気がした。

交換用の番号札を手に持ち、空いている席を探す。それなりに埋まっているな……。


「天童君、あそこが空いているよ」


 井上の指さす方に目を向けると、確かに空いている。

ただし、柱の陰になっており、席も二つ用の狭いテーブルだ。

おまけに窓もなく、ごみ箱も近い。

さらに他のテーブルからも少しだけ離れており、あまり人気のない席だった。


 込み入った話もするし、ちょうどいいか。


「じゃ、あそこにするか」


 俺と井上は番号札を片手に空いている席に座る。

目の前に座った井上に目を向けると改めて分かるが、整った顔つきに大きな瞳。

そして、あの写真を見ても分かる通り、それなりにスタイルも良い。

短距離選手だからなのか、髪をショートにしている彼女は可愛いかもしれない。


 が、多分性格は悪い気がする。

第一、杏里の弱みを探したり、俺にあんな姿を見せてくるなんて……。

絶対に何か裏があるに違いない。と激しく思い込み、俺は番号札を力強く握りしめた。


「て、天童君? ボクの事そんなに見つめてどうしたの? もしかして、ボクの事好きになったとか?」


 頬を赤くしながら俺に冗談を言ってくる。

なんだ、めんどくさい奴だな。


「大丈夫だ、心配するな。まったくそんな事はない」


「ちぇ、つまんないやつだな。それじゃ、そろそろ本題に入ろうか?」


 井上はさっきまでとは違う表情になる。

少しだけ真剣な顔つきになっており、俺の目を真っ直ぐに見てくる。

事情はどうあれ、何かを真剣に考えている目だ。


「そうだな。時間もないし、早く終わらせよう」


 他のテーブルからは若干死角になっており、声も届きにくい。

小声で話すなら問題ないだろう。


「どっちから話す? 天丼君から話す?」


「まて、天丼じゃない。天童だ」


 なんだか調子の狂うやつだ。

こんなやつが代表で大会に出て平気なのか?


「ごめん、ごめん。じゃぁ、ボクから話そうかな……」


 昼休みは始まったばかり。

この狭いテーブルに井上と二人で座っている。


 井上の狙いは何なんだ?

いったい何を考えている?

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