第130話 天使の微笑み
静まり返った教室に、大きな声を出しながら入ってきた高山。
その後ろには杉本が隠れている。
一緒に登校してきたのかな?
「お、な、何だこの雰囲気は……」
いつもの様子と違った教室の雰囲気に気が付いたのか、高山も少しだけ表情が曇る。
高山の脇から杉本が顔を覗かせ、杏里の方に視線を向ける。
「おはよう。今日は随分遅い登校だな」
全く動かなくなった遠藤を横目に、高山に朝の挨拶をする。
教室内も、少しだが小声で話し始める奴も出てきた。
時を止める魔法を何とか解除できたようだ。
「あ、あぁ……。今朝は彩音と早ベンしていたんだ」
「そっか、朝から頑張っているな」
「そんな事無いぞ。それより、何だこの雰囲気は……」
高山も杉本も教室の違和感を感じているが、自分の席にそれぞれが移動し始める。
ホームルームも間もなく始まる時間だ。
「あ、遠藤。これ、返しておくよ」
俺は胸ポケットから、以前遠藤に渡された手紙を折りたたまれた状態で渡す。
そこにはたった一言、遠藤が俺に宛てたメッセージが書かれている。
動かなくなった遠藤の手を握り、無理矢理握らせてみた。
「ほら。この言葉、そっくり返すぜ」
放心状態の遠藤に少しだけ活を入れるため、肩を叩く。
「ぼ、僕は……。それでも、あきらめない! 天童君勝負だ!」
「はい?」
一体何の勝負ですか? めんどくさい事はしたくないんですけど。
ただでさえ、これから面倒事に巻き込まれることが目に見えているのに……。
これ以上、厄介ごとを増やさないでほしい!
とはいっても、自分でまいた種。教室内で杏里との関係を暴露した結果だ。
そのつけは、自分で回収するしかないな。
「姫川さんを賭けて、僕と勝負しろ!」
「断る」
「では、勝負の内容だがっ! って、今、断るって言ったのか?」
俺の予想外の答えに遠藤は戸惑っている。
「あぁ、勝負する意味が無い。そんな事したら杏里にも迷惑だし、それに杏里が誰と付き合おうと、遠藤には関係のない話だ」
俺は遠藤の返事を待たずに自分の席に着き、バッグから教科書類を机に移動させる。
「そ、そんな事許されると思うのか!」
「ま、待って!」
突然杏里が声を上げる。
「姫川さん、僕に何か?」
「私は物じゃない。普通に過ごしたいだけなの……。これ以上騒がないで……、お願い……」
杏里の声が教室に響く。
「えんどー、この話は放課後にでもしようぜ。そろそろ先生が来る。席に戻った方がいいぞ」
ナイスアシスト高山。
「そ、そうだな……。放課後、また話をしよう」
遠藤は手に握った紙を握りしめ、自分の席に戻る。
少しだけど、教室の雰囲気がいつもと違うようになってしまった。
別に、クラスメイトが誰と付き合おうが、関係ないだろ?
もしかしたら俺がいじめの対象になるのか?
そ、それだけは嫌だな……、ボッチになってしまう。
「あ、杏里? もしかして天童さんとの関係ばれちゃったの?」
無言で頷く杏里。杉本の表情は思ったより暗くなく、むしろ晴々している。
その隣の高山もなぜか笑顔だ。おかしいと思い杏里の顔を覗き込んでみた。
笑顔だ。
少し頬が赤くなっているが、これは喜んでいる表情。
おかしい、俺だけが焦っているのか?
――キーンコーンカーンコーン
ホームルームが始まる。
担任の先生がいつも通りに教室に入ってくる。
「おはよう生徒諸君、ホームルーム始めるぞー。今日休んでいる奴は……、いないな! よし、点呼終わり」
誰の名前も呼んでいないが、点呼は終わったらしい。
先生お得意のショートカット点呼だ。
「あー、校内新聞見た奴がほとんどだと思うが――」
きた、きっと杏里の事について何か言って来るぞ。
「一年の井上が大会に出ることになった。もしかしたら大会記録を塗り替えるかもしれない、みんなで応援してやってくれ」
違ったぁー! そっちの記事の話でしたか!
まぁ、先生から生徒の恋愛についてはあまり話事とか無いよね……。
「それと、学校では恋愛自由だ。適度にラブってくれ。あー、これは授業に関係のない話だが、先生もそろそろ恋人の一人でも――」
――キーンコーンカーンコーン
先生の肩が少しだけ落ちたような気がした。
もしかして、先生は恋人が欲しいのか? まだ独身でお付き合いしている方もいなかったはず。
高山情報なので、信頼度は高い。
「……。以上だ、そろそろ夏休みに入るので、各自気を抜かないように」
教室から出ていく先生の背中が少しだけ小さく見える。
早く恋人でも作ってほしいものですね。
一時間目の用意をしていると、隣の席の杏里が俺に折りたたまれた紙を渡してきた。
折りたたまれた紙を広げ、中を見ると何か文字が書いてある。
『嬉しかった。みんなの前で、私を認めてくれた。ありがとう。好きだよ』
一行しか書いていない短い手紙。
杏里の方に目を向けると、杏里は天使の微笑みを俺に見せてきた。
勢いで言ってしまったが、これで良かったんだ。
いつかはみんな知る事になる。
だったら学校でも杏里と一緒にいる時間を大切にしていきたい。
もう隠すことはない。どんな困難が向かってきても、俺は乗り越えてみせる。
俺には信頼できる仲間がいる。
心の底から好きと言える彼女もいる。
俺は一人じゃない。絶対に杏里と幸せになるんだ。
そう心に誓った。
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