第129話 男の見せ所


 正門をくぐり、下駄箱で靴を履き替える。

ふと、掲示板に人が何人か群がっているのが見えた。

校内新聞が貼り出されているようだけど、普段は素通りされている新聞に今日は人が群がっている。

 

 何か面白い記事でも書かれているのかな?

俺も気になって校内新聞に目を向ける。


 大きな見出しには井上優衣(いのうえゆい)の写真が大きく載っていた。

どうやら短距離で一年生ながらもレギュラーを勝ち取り、次の大会に出場するらしい。


 掲載されている写真は確かに魅力的にで、ユニフォーム姿の井上が輝いて見える。

スポーツに打ち込む少女のワンシーンをしっかりと捕えた写真だ。

素人の俺から見ても良く撮れており、特に短パンから見える足が非常に長く見え、綺麗だと思う。


 そんな校内新聞の端っこにもう一枚の写真が。

井上よりかなり小さくまとめられている枠に杏里の写真が載ってる。


 ん? なんで杏里の写真が?

なにか賞でも取ったのかな? 気になって小さな文字に目をやり文章を読む。


――『ついに心を捕まれたか!』


 鉄壁のガードだった彼女に男子生徒の影が?

匿名の方より、我々新聞部に気になる情報がよせられた。

手を繋いで屋上の階段から下ってくるところを目撃したという情報をキャッチ!

真相はいかに! さらなる情報求む!


――


 あ、もしかしてこれって……。

まさかとは思うがこの匿名の方って井上じゃないか?


 少しだけ焦ってしまったが、特に気にする事はない。

大丈夫、きっとみんなスルーしているさ。

きっと大丈夫……。


 そんな淡い期待を持っていたが、教室の扉を開ける音と共に崩れていった。

杏里の目の前に遠藤が立っているのだ。


「姫川さん、校内新聞見ましたか?」


 席に座っている遠藤が杏里に詰め寄っている。

杏里は無表情で遠藤を見るその目線が激しく冷たい。


「まだ、見ていませんが。それが何か?」


 口調もきついですが、家と学校で見せる態度の差が激しい。

これがオンとオフの差なのか……。


 一歩、教室に入ると遠藤が俺の方に向かって歩いてきた。


「おはよう、天童君。今朝の校内新聞見たかい?」


 朝からさわやかなスマイルを俺に向け、あいさつをしてくる。

ここは俺もお返しをしておこうか。


「おはよう! 校内新聞は人が多くいたから見てないんだよな!」


 わざと元気に言ってみた。少しだけびっくり顔の遠藤が面白い。

遠藤、おまえそんな表情するんだな。初めて知ったよ。


 教室内がざわつく。

俺から目線を外した遠藤は、再び杏里の前に立ちふさがる。


「姫川さん。単刀直入にお聞きしたい」


「何でしょうか?」


「姫川さんにパートナーはいらっしゃいますか?」


 クラス内がシンっと静まり返る。

さっきまでざわついていたのが嘘のようで、杏里がクラスメイトの視線をすべて集めている。

数秒、ほんの数秒だが空白の時間が訪れる。


 俺は杏里の方に目を向けてみる。

表には出ていないが、あれは困っている態度だ。

机の下でスカートを少しだけ掴んでいるのが見えた。

ゆっくりと杏里が口を開こうとする。


「わ、私は――」


「おい、遠藤。こんな所で聞いてんじゃねぇよ。困ってるだろ?」


 あぁ、クラスで目立たないナンバーワンの俺が、イケてる男子筆頭の遠藤に牙を向けてしまった。

ま、杏里が困っているより俺が出た方がいいだろ。

こんな時になぜ高山はいないんだ! ついでに杉本も!


「は? すまん、ちょっと耳にゴミが。今、何か言ったか?」


 少しだけゆがんだ表情になっている遠藤。

目線を俺に向け、近寄ってくる。


「聞こえなかったのか? もう一度言うぞ、こんな所で聞くな。姫川さんが困っているだろ」


「その口で良く言えたもんだな。少し黙っていてくれ。これは僕と姫川さんの問題だ」


 はて? なんで遠藤と杏里の問題になるんだ?

再び遠藤は杏里の席に戻る。行ったり来たり、忙しい奴だな。


「すまない。邪魔が入ってしまったね。姫川さんのパートナーは――」


 俺は少しイラつき、杏里と遠藤の間に割って入った。


「天童君、僕は姫川さんと話をしている。君には関係ない」


「おおありだ。朝からそんな話してるんじゃねぇよ。自分の席に戻れ。ホームルームが始まるぞ」


 教室内がざわついてきた。

杏里に集まっていた目線は俺に集まっている。

こ、これが目立つという事か。いやだ、この目線が、俺を見るな……。


「ふぅ……。天童君もしつこいね。姫川さんのパートナーには僕がふさわしい、君の出る幕はない」


「その言葉、そっくり返す。遠藤の出る幕はない。このまま何も聞かずに席に戻れ」


 こんな強気に話してもいいのか?

しかし、ここまできてしまったら後には引けない。

男の見せ所だな。


「天童君。姫川さんと何か関係が?」

 

 さっきまでのさわやかスマイルは面影もなくなっている。

俺に対しての怒りがその表情に出ているからだ。


「あぁ、この際はっきり言っておく」


 ざわつく教室内。

教室内にいる全員が俺と遠藤を見ている。

杏里は一人だけ俺の背中を見ている。ごめんな、視界悪くして。


「俺は杏里と付き合っている。だから遠藤の出る幕はない。そして、これ以上杏里を困らせるな」


 教室内が静まり返る。

クラスメイトは誰も口を開かず、俺と遠藤を見ている。


 俺の目の前にいる遠藤も、目を見開いたまま、口も半開きになっている。

い、生きていますよね? しっかりと呼吸してる?


 数秒間、教室内が無音となり誰も動く事はなかった。

えっと、誰か時を止めましたか? そろそろ誰か動きませんか?



――ガララララララ


「おっはよぅー!」


 ナイスタイミング、高山!

やっぱりおまえは頼りになるぜ!

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