第126話 娘を思う心


 杏里のお母さんが眠る墓地を後に、俺達は再び車に乗り込み帰路に着く。

終始無言だった瀬場須さんは、時計を見ながら少し焦っているように見えた。


「杏里。夏にまた、司君を連れてくるといい」


「はい、お盆にはまた来ますね」


 車内は来る時まで感じていた居心地の悪い状態ではなく、会話ができるくらいの和やかな雰囲気になっている。

もしかしたら雄三さんは俺の事を認めてくれたのかもしれない。

特に何もしていないけど、杏里と交際をすることを伝えても何も言われることが無かった。


「姫川さんは、俺の事認めてくれたのですか?」


 思い切って聞いてみた。

何となく良い回答を貰える気がしたからだ。


「勘違いするな。杏里の事は信じるが、司君を認めたわけではない」


 厳しいご意見ありがとうございます。

杏里も少し悲しそうな目で俺を見てくる。


「杏里が信じた司君だ。交際は認める。私からは一つだけ、伝えておこう」


「はい」


 少しだけ鼓動が早くなる、何を言われるのだろうか。


「高校生らしい付き合いを。もしも何かあった時は……、わかっているね?」


 雄三さんから激しいオーラのようなものを感じる。

大丈夫です。清き交際、高校生らしい交際をしますからぁ!


「は、はい。心得ております」


「お、お父さん。あんまり司君に圧力かけないでよ。司君は大丈夫よ」


 ありがとう杏里。やっぱり俺は雄三さんの事が少し苦手かもしれません。


「瀬場須、あと何分だ?」


 車を運転しながら瀬場須さんは答える。


「後二十分です。この先渋滞が予想されますので、少し遅れるかと……」


 雄三さんは少し焦っているようだ。

さっきから自分の腕時計をちらちら見ているし、指をトントンしながらイライラしている。

多分時間が迫っているのだろうか。


「あ、あの。良かったら俺達駅から帰りますよ」


 今、俺達は駅前を横切り、自宅に向かっている。

もしかしたら自宅経由だと雄三さん達が会社に戻るのが遅れるかもしれない。

俺と杏里は駅から帰ればいいので、このまま駅で降りた方が効率が良いと思った。


「お父さん、会議に遅れそうだったら私達ここで降りるけど?」


 しばらく車内は静まり、小さな声で瀬場須さんが声を出す。


「社長、お時間が……」


「しょうがない。悪いな二人とも、私も仕事なんでな。気を付けて帰ってくれ」


 俺と杏里はそのまま駅のロータリーで降ろしてもらった。

ウィンドウガラスが開けられ、窓越しに別れの挨拶をする。


「じゃ、お父さんもお仕事頑張ってね。あ、ちゃんとご飯食べるんだよっ」


「心配するな。食事位しっかりととっている。司君ちょっと……」


 俺は雄三さんの所まで歩いて行き、顔を近づける。

雄三さんは小さな声で俺を見ながら話し始めた。


「司君、杏里はまだ母親の事を引きずっている。でも、君と一緒になってから笑顔が増えたのも事実。そこは認める。杏里を、これからもよろしく頼むぞ」


「はい。任せてください」


 雄三さんに何となく認められた気がした。杏里はまだ心の中にお母さんがいる。

何を引きずっているのかは、正直まだ分からない。


「あと、これを」


 雄三さんが俺に紙袋を差し出してきた。


「これは?」


「出張先で買った土産だ。今回は甘いものにしてみた。後で食べてくれ。杏里を、頼むぞ」


 半強制的に俺に押し付けて、車はすぐに去って行ってしまった。

前回の笹かまの件もあり、少しだけ中身が不安だが、今回は甘いものらしい。

今度こそ期待できそうだ。


「行っちゃったね」


 杏里が俺の隣で去っていく車のテールランプを見つめている。


「会議に間に合うといいな。どれ、帰るか」


「そうね、帰りましょう」


 俺は杏里と手を繋いで駅に向かい歩き始めた。

その手は温かく、一緒にいるという実感がある。

この手を離したら、消えてしまうのではないだろうか?

いつか、俺の届かない所に杏里は行ってしまうのだろうか?


 だったら今だけでも俺は杏里と一緒に、この手を離さないで、しっかりと握っていたい。

握っていた手に少しだけ力を入れると、杏里も答えるかのように握り返してくれた。


「お土産、何だろうね?」


「今度は甘いものだって。楽しみだな」


「そうですね。クッキーとか、バームクーヘンとかが良いですねっ」


「そうれもいいなー。俺は羊羹(ようかん)とか最中だと思うな」


 雄三さんのお土産に期待膨らませ、俺と杏里は自宅に帰る。

俺達の帰る場所は五橋下宿。

さぁ、帰ろう、俺達の家に……。



――



 帰宅した後、お土産を開けたら『仙台名物 ずんだ餅』だった。

うん、甘いね。確かに甘いですね。だけどさ、だけどですねー!


 杏里にお茶を入れてもらい、少し遅めのおやつタイムになるのだった。

うん、おいしいね。雄三さん、いつもありがとう……。

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