第125話 初めましてお義母さん


 雄三さんの目の前で、俺は自分の想いを素直に伝えた。

しかし、杏里も雄三さんも一言も話さず、二人とも沈黙している。

静かな時間が流れる。時計の秒針だけが音を鳴らしている。


「あ、あの……」


 雄三さんの手が動き、テーブルの上に置かれているカップを持つ。

一口飲んだ後に、やや厳しめの目を俺ではなく杏里に向けた。


「いい香りがするな。まるで母さんが入れた紅茶のようだ」


「お、お父さん?」


 杏里が不思議そうな目で雄三さんを見ている。


「ふぅ……。そんな顔するな、しっかりと聞いたよ。杏里、一つだけ確認させてもらうぞ」


 無言で頷く杏里。一体何を聞かれるんだろうか?


「杏里はこの男に、自分の一生を捧げる覚悟はあるのか?」


「ある」


 即答だった。何の躊躇もなく、杏里は即答した。


「そうか。では、司君にも聞こう」


「は、はい……」


 厳しくない目だ。何だこの違和感は。雄三さんはこんな優しい目ができるのか?


「司君は、杏里を守っていけるのか? この先何があるかは分からない。二人で困難に立ち向かい、手を取り合って行けるのか?」


「俺は杏里さんと一緒に。共に、同じ時間を過ごす事に決めました。この想いに偽りはないです」


 少し深めのため息をつく雄三さん。


「瀬場須(せばす)! 瀬場須はいるか!」


 だ、誰ですか! 瀬場須って誰の事ですか!


「社長、こちらに」


 俺の後ろに運転手さんがいつの間にか立っていた。

恐っ! いつからそこにいたのですか? 扉の開く音も聞こえませんでしたけど。


「うむ。すぐに会社へ連絡を。会議を一時間遅らせる。そうだな……、各部長陣に今回の議題になっている課題の見直しと、問題回避の具体的な案を用意させておけ」


「かしこまりました。お車は?」


「ワシとこの二人を乗せて例の場所に。準備はできているか?」


「既に準備はできております。さ、お二人とも行きますよ」


 俺達は何も聞くことができないまま、流れに身を任せ、瀬場須さんの運転する車に乗り込みどこかに連れて行かれる。

杏里は何も言ってこない。もしかしたら行き先を知っているんじゃないか?


 車に乗り込み、数十分。誰も口を開かず、非常に居心地が悪い。

俺は話す事も出来ないまま、流れてくるラジオをひたすら聞いていた。


『さぁ、今年の夏も熱い戦いが始まります。甲子園で高校球児が、一致団結したチームメイトが、その熱い想いを胸に熱戦が! 今年の期待する選手はいますか?』


 そろそろ夏休み、高校野球の時期がやって来たのか。

俺は野球とかサッカーとかあまり興味ないんだよね……。


「夏か……。もう、そんな時期になったのか」


 しみじみと話し始める雄三さん。もしかしたら雄三さんは高校球児だったのかもしれない。


「雄三さんも野球を?」


「いや、まったく。したこともないな」


 せっかく話を振ったのに、惨敗しました。

その後は流れるニュースを聞き流し、夜のドライブとなっている。


 ふと、俺の手が杏里に触れる。

助手席に座った雄三さんからは死角になっており、俺と杏里の手が重なっている事には気が付かれていない。

そっと、二人で手を取りあい、俺はどこに行くのかもわからない不安を胸に、夜の街を眺めている。

握られた手は、杏里の手は温かく、俺の不安を少し取り払ってくれている。



――


「ついたぞ」


 こんな時間になんでこんな所に?

俺の目の前にはお墓が見える。

真っ暗な霊園。そして、ぼんやり光ってる街灯。


 めっちゃ怖いんですけど? なんでこんな時間に、こんな場所へ?

俺の不安は無視され、雄三さんを先頭に杏里、瀬場須さんはどんどん奥に歩いて行く。

俺も急いで後をついて行き、見失わないように小走りになっている。

心拍数が少しだけ高い。怖がってるのか?


 しばらく歩いて行くと、一か所だけ灯りが灯っているお墓が見えた。

綺麗に区画整理され、花もきれいに飾られている。

誰のお墓だろう? 雄三さんはそのお墓の前に行き、手を合わせ始めた。

杏里も同じように手を合わせている。もしかして、ここは……。


「お盆には少し早いが、会わせたい奴がいる。見てくれるか?」


 お墓に向かって話し始めた雄三さん。

俺は杏里に手を引かれ、お墓の目の前までやってくる。


「お母さん。紹介します。天童司君。今、この方とお付き合いしています。どうかしら? お母さんは司君と仲良くできそう?」


 やっぱり。ここは杏里のお母さんが眠る場所だったのか……。

俺も挨拶しておこう。


「初めまして、天童司です。杏里さんと今、お付き合いしています。よろしくお願いします」


 フワッと、俺の肩に風が吹いてきた気がした。

杏里の長い髪がその風に流され、杏里の顔を隠してしまう。


「お母さん、司君の事、気に入ったみたいだよ。良かったね」


「そうか、そうだといいんだけど……」


 お墓の前で杏里と手をつなぎ、お墓にいる杏里のお母さんに報告をする。

瀬場須さんは無言でずっと後ろに立ったままだ。


「これから先、二人でやっていけるのか?」


「うん、大丈夫。私達はやっていけるよ」


「そうか……。もう子供ではないんだな、どれ私の可愛い天使の顔をよく見せてくれ」


 杏里は雄三さんの前に歩み寄って、雄三さんに優しい微笑んでいる。

雄三さんもいつもの険しい顔ではなく、杏里に微笑んでいる。


「杏里、お前はずっと私の娘だ。いつでも、どんな時でも頼ってくれ」


「うん、もちろん。小まめに連絡するよ」


 俺は、初めて杏里のお母さんに紹介された。

お墓はまだ新しく、風化もしていない。

これは、きっと亡くなってからまだ日が浅いと言う事か。

確か、杏里が小さい頃に亡くなったと言っていたな。


「今度、日を改めて杏里さんと来てもいいですか?」


 雄三さんは少しニヤつきながら俺に答える。


「もちろん。ワシは杏里が選んだ男を信じるよ。妻もきっと同じことを想っているはず。また、顔を見せに来てくれ」


 真っ暗な墓地。

普通だったらこんな所では話さないだろう。

でも、俺は今日雄三さんと、杏里のお母さんと話せてよかった。


 また、来ますね、お義母さん……。

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