第124話 本当の家族


 激辛カレーに辛いサラダ。限界突破中の俺と雄三さん。

運転手さんは一言も口を開かず、普通に食べている。


「あ、杏里。杏里はこのカレー辛くないか?」


「んー、少しだけ辛いかな。でも、まだ普通の範囲だと思うけど」


 おーまいがっ。俺とは若干味覚が違うのか。

しかし、ここで残すわけにはいかない。

雄三さんも汗をかきながら必死に食べている。

俺だって完食してやるぜ! と、雄三さんに対して闘争心を燃やす。


「ほっほっほ。これはこれは、なかなか辛いですな」


 運転手さんが口を開いた。が、すでに完食している!

ここにダークホースが……。


「お代わりいりますか? まだご飯有りますよ」


 杏里が気を使って運転手さんに話しかけた。


「いえいえ、私は大丈夫ですよ。しかし、このカレーには一体何を入れたんですかな?」


「えっと、市販のルーと、引き出しに入っていた辛そうな赤いやつ。それと、スパイスと書かれた黄色い粉ですね」


「今までに使った事は?」


「いえ、初めて使ってみました」


「そうですか。社長は少し辛いのが苦手ですので、良かったら次は甘口でお願いしますね」


「あ、そうだったんだ。ごめん、そこまで気にしていなかった」


「問題ない。杏里の作ったカレーだ、うまいに決まっているだろう」


 汗をかきながら完食した雄三さん。素晴らしいです。

愛ですね、愛。


 やや辛目のカレーも食べ終わり、食後のティータイムになる。 

出された果物はいい感じに甘く感じることができ、いつもよりおいしいと感じる。


「社長。そろそろお時間が……」


「ん? もうそんな時間か? どれ、会社に戻るとしようか」


「もう帰るの? ゆっくりしていけばいいのに」


「本当ならそうしたいんだが、海外事業部の方で色々とあってな。私も近いうちに飛ばなければならない」


「え? 海外に行っちゃうの?」


 杏里が少しだけ不安な顔になる。


「短期間だが海外に行く。心配するは必要ない、すぐに戻る」


「良かった……。気を付けてね」


 運転手さんは席を立ち、玄関の方に向かって行く。


「では、私は車の準備を」


「頼んだ。準備ができたら教えてくれ」


 とりあえず、俺も運転手さんと一緒に行くことにして、玄関まで見送る事にした。


「天童様、これから大変かもしれませんが頑張ってくださいね。社長は今まで以上に仕事が多忙になりそうです。杏里様を、よろしくお願いしますね」


 そんな事を運転手さんから話されたが、俺は無くなった方の腕を凝視してしまった。

片腕で運転手。姫川さんはこの方を専属運転手にしているのか?


「この腕、気になりますか? 昔、事故で無くなってしまってね。でも運転もできるし、生活にはあまり支障はないんですよ。姫川社長に声をかけられてね、定年後もこうやって仕事をさせてもらえているんです」


「定年後も仕事ですか?」


「そうですね。私は姫川社長のおかげで仕事ができています。でも、社長は会社の上層部に結構叩かれていてね」


 俺は雄三さんの事が気になり、運転手さんに少しだけ詳しく話を聞いた。

もしかしたら、俺が思っている姫川さんの印象が変わるかもしれない。

そんな事が脳裏をよぎったからだ。


 運転手さん曰く、雄三さんは定年退職した方や障害のある方を積極的に雇用している。

それは、社内で賛否両論となっており、派閥ができるくらいまで大きくなってしまっているらしい。

定年退職者の再雇用をやめれば、その分利益になると考える上層部たち。

そして、今後定年を迎えると思われる中堅社員達。意見は真っ二つ。


 姫川さんは先を見据えて色々な雇用形態を押し通してきたが反発も多かったようだ。

運転手さんのように助かった人もいれば、雄三さんと意見が合わず会社を去って行った人もいるらしい。


 もしかしたら今回の事件の背景には色々なことが隠れていたのかもしれない。

社会に出るって、もしかしたら俺が思っている以上に難しいのかもしれないな。


「社長は良い方ですよ。少し頑固で、言葉使いが悪くて、敵を多く作ってしまうかもしれませんが、それ以上に慕っている人も多いんですよ」


 意外だった。雄三さんがそんな事を言われるなんて。

俺もまだまだ視野が狭いって事なんだな。


「さて、早く車の準備をしないと会議に遅れてしまいますね」


「あ、あの。色々とありがとうございます」


「いえ、これも社長や杏里様の為ですからね」


 運転手さんを見送り、俺は杏里の居る所に戻ろうとした。

扉の隙間から杏里と雄三さんが、笑顔で話しをしているのが見える。

そんなところに、俺が入ってもいいのか?

たった二人の、家族水入らず。


 俺は少しだけ戻るのをやめ、階段に腰を下ろした。

やっぱ、入りにくいよな。


 手元のスマホをいじっていると、視界に杏里の足が見えた。


「何しているの? 早く戻ってくればいいのに」


「いや、何となく。家族水入らずの所に、俺が入るのはちょっと、って思ってさ」


 杏里が俺の手をとり、グイッと引っ張る。

その力は強く、俺は思わず立ってしまった。


「何言っているの? 私と司君は家族でしょ? だったら一緒にいないと。お父さんも待ってるよ」


 家族。俺と杏里は同じ下宿に住むから仮の家族。

でも、杏里と雄三さんは本当の家族なんだろ? そこは一線あるよな。


「いいのか?」


「当たり前でしょ? 私はまだ司君と付き合いましたって報告してないの。さて、誰の役目でしょうか?」


 グサッときた。それは、俺の役目ですかね。


「話すのか?」


「話さないの? いつ話すの? それとも話せないの?」


 俺の手を引く杏里は力強い。

そして澄み切った目で俺を見てくる。


「よし、話すか。ちょうどいい機会だしな」


 手を繋いだ状態で雄三さんの目の前に二人で立つ。

雄三さんの目が俺を、その目が神々しく光っている気がするのはきっと気のせいだろう。

めっちゃ睨んでいるのも、きっと気のせいに違いない。


「雄三さん。お話があります」


「ほぅ。私に話とは? なんだね? 話す覚悟はあるのかね?」


 俺の心に迷いは無かった。

俺の心は杏里と共にある。これは間違いなく、俺の心だ。

自分に正直に、素直に気持ちを伝えよう。

俺は杏里の手を離し、雄三さんの目を見てゆっくりと口を開く。


「僕は杏里さんの事が好きです」


 そして、時が止まる……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る