第122話 通じ合う心


 オーバーリアクション中の高山は、本当なら知っている内容だけに、俺から見たら不自然なリアクションを取っている。

女子二人の視線が高山に突き刺さる。


 そして、何も無かったかのように、再び二人は話しだした。

高山のリアクションに対して完全にスルー。泣くなよ、高山……。


「杏里の事だから、きっと私に気を使って話せなかったんだよね?」


「うん……。彩音が天童さんと幼馴染で、もしかしたら彩音が今でも天童さんの事を好きなんじゃないかって……」


「前にも話したけど、私はつー君の事、好きだよ? あ、でも勘違いしないでね。それは、思い出の中の話。今、私は高山君が好きだから……」


 にやける高山。そうだね、お前たち二人は相思相愛だしな。

しかし、杉本に変なあだ名で呼ばれると、何だか体が痒くなる。

ムズムズしてくるんだよな。


「あー、杉本さん? 話の途中で申し訳ないんだが、昔のあだ名で呼ぶの無し。何だか恥ずかしい」


「あ、ごめんごめん。つい口から出ちゃった。気を付けるよ」


 ぜひともそうしてほしい。


「彩音が天童さんの幼馴染ってわかった時、私は彩音を裏切ったと思ったの。でも、彩音も大切な友達。自分でもどうしたらいいか分からなくて……」


 杏里の声がだんだん小さくなり、最後の方はかすれてうまく聞き取れなかった。

そして、杏里は少しだけ手が震えている。


「杏里も頑張ったんだね、ずっと、頑張って、考えて、自分を傷つけて、誰にも話せなくて。苦しかったでしょ?」


 俺は杏里から杉本に対する想いを聞いている。

あの時は結構大変だった。今でも思い出す……。


「苦しかった、怖かった。でも、今の関係を壊したくなかった。真実を知るのが、彩音に話すのが怖かった……」


 杉本が杏里に向かって身を乗り出し、杏里の手をしっかりと握る。

そして、杉本は杏里の目を真っ直ぐに見ながら口を開いた。


「恐くないよ。私はいつでも杏里の味方。いつでも、どこでも、どんな状況でも私は杏里の味方でいる。私達親友でしょ? それとも、杏里は私の親友じゃないの?」


 杏里の瞼にうっすらと涙が。

頬を伝い一粒の涙が落ち、机に涙の痕をつける。


「許してくれるの? 私は彩音を騙して、嘘をついた……」


「だったらおあいこだね。私も杏里に嘘をついた。天童さんの事、私は覚えている。杏里に私は『覚えていない』って言ったよ」


「そうだけど……。でも、先に私が……」


 杏里の手を離し、杉本は再び杏里の隣まで移動してきた。


「杏里、立って。そして、私をギュッとして」


 無言で杏里は席を立ち、杉本を抱きしめる。


「あったかい?」


「うん……。彩音、ごめん」


「私もごめん……。これで仲直り。私達もう隠し事も、嘘もないよ」


「うん。彩音、ありがとう。彩音に全部話せて良かった」


「私も。杏里に話せて良かった……」


 微笑ましいな。見ているこっちが心温まるよ。

これで、全てが解決したか……。

俺も杏里も高山も、杉本も隠し事無しで全てを話せる。


 この場を作ってくれた高山に感謝しなければな。


「ありがとう、高山のおかげだ」


「んなこたーない。俺だけじゃないだろ?」


「そうか?」


「そうだ。俺も、天童も、姫川さんも彩音も、みんな考えてきた結果だ。ほら、天童もこれで堂々といちゃつけるだろ?」


「そ、そんな事はしない!」


「しないのか? 本当に? 本当にしないのか?」


 ニヤニヤしながら高山は俺に消しゴムの切れ端を投げつけてくる。


「だ、だったら高山だって杉本さんと!」


 お返しに丸めたノートの切れ端を高山に投げつける。


「俺か? 俺は彩音といつでもラブだぜ? な、彩音」


 俺と高山は杉本の方に目を向ける。

顔を赤くした杉本が手元にあったペンケースを高山に投げつけた。

ナイスコントロール。


 それなりに速い速度で飛んで行ったペンケースは、高山の顔面を直撃。

高山は机に落ちたペンケースを拾い、杉本のノートの隣に置き直す。


「な、ラブだろ? 愛には色々な形があるのさ」


「高山君! それ以上は話さないでいいからっ」


 杉本の声が自習室に響き渡る。

防音設備があって良かった。こんな会話、他の生徒に聞かれたら大変なことになる。


「彩音、高山さんとそんなに……」


「ち、違うよっ! 杏里が思っている事とか、何もしてないよ!」


「え? わ、私は別に……」


 顔を赤くした杏里が杉本から視線を外した。

これはそれなりに、そんな事を考えていたのかしら……。


「あ、杏里? 本当にそんな事、無いんだからねっ!」


「彩音。そろそろ黙らないと、俺達の秘密、ばれちまうだろ?」


 さっきからニヤニヤしている高山。

すごく楽しそうだ。


「だ、か、ら! 高山君がそんなこと言うからっ!」


 杉本は高山の隣に走っていき、両手で高山の頭をポカポカたたき出した。

おう、こんな所でいちゃつくのはやめてくれ。


 杏里も自分の椅子に座り直し、いちゃついている高山達を見ている。


「話せたな。大丈夫か?」


 杏里の表情はいつもより、柔らかい。

そして、俺を見てくる視線がいつもより温かいと感じる。


「うん。ありがとう……」


 杏里の頭が俺の肩に触れ、寄りかかってくる。

俺はそっと杏里の肩を抱き、反対の手で頭をなでる。


「頑張ったな」


「うん。頑張った」


「よし、今日は帰りにイチゴケーキでも食べていくか」


 杏里は俺から離れ、カッと見開いた目で俺を見てくる。

捕食者の目だ。


「イチゴ、ケーキ? いいですね。早く終わらせて行きましょう!」


 すっかり元気になったな。良かった。


「お、何だ二人でいちゃついていたのか?」


「してない、してない。高山だって二人で何しているんだ?」


 杉本の攻撃ターンも終わり、自分の席に着いてる。

杉本はすでに出していたペンケースやノートをバッグにしまい込んでいた。


「ふぅ……。やっと落ち着きました」


 やっと、ここまで来たか。随分と遠回りした気がするな。

初めから隠し事しないで、全部話していれば良かったのか?


「じゃ、今日はこの辺で終わりにするか! 一件落着!」


 高山の締めの言葉をありがたくいただき、みんなで自習室を後にする。


「じゃ、俺は彩音と帰るから、お二人は先に帰っててくれ」


「図書委員も大変だな」


「まー、そうでもないさ。俺が彩音を気にし始めたのは、二人で帰った事きっかけだしな」


「そ、そうなのか?」


「あぁ。テスト前に彩音と二人で帰ったことがあっただろ? あの時から気になりだしたんだよな」


 さらっとすごい事を言ってくる。

高山は気にしていないのか?


「高山君、図書室では静かに。それに、その話は……」


「おっと、失礼。また今度な」


 高山の発言が気になるところだが、さっきから杏里が俺の袖をグイグイぴっぱっている。

これは早くイチゴケーキを食べたいと言うサインだ。


「よし、そろそろ帰るか」


「早く帰りましょう」


「杏里。また明日ね」


「うん。また明日」


 杉本が杏里に手を振っている。

杏里も杉本に手を振っている。

杉本の後ろで高山は大きく腕を振っている。


 俺は高山に向かって、親指を立てた拳を突き出した。

高山も俺と同じ様に親指を立て、俺に返してきた。


 俺達はきっと今まで以上の絆で結ばれたに違いない。

そんな感触が確かに残っている。


 心が、軽くなった。

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