第121話 伝える想い



 杏里と二人で自習室に向かう。

各クラスでもホームルームが終わり、教室も廊下も生徒はいない。

帰ったか、部活に行ったか、もしくは俺達の様に図書室に向かうか。


 周りを見渡し、誰もいない事を再度確認する。

前方よーし、後方よーし、左右よーし、上下よーし、杏里の表情よーし。

前を向いて歩く杏里の横顔も、凛々しくて可愛いね。


「杉本に話したのか?」


 無言で首を横に振る杏里は少し悲しそうな表情になる。


「やっぱりまだだったのか。まぁ、教室だと話づらいよな」


「ごめんね。できれば話したかったんだけど、なかなかタイミングが……」


「気にするな。とりあえず高山には話をした」


「そう……。何か言っていた?」


「んー、少し前から俺達の事には感づいていたっポイな。でも、俺達から話が出るまで待っていたようだった」


 杏里には高山と話した内容を簡単に説明する。

細かいところまでは話していないが、気が付いていたこと、俺達を信じている事。

そして、俺達の仲を喜んでくれた事。


「良かったわね。彩音は、彩音もきっと私達を信じている。私も彩音を信じるよ」


 杏里の曇っていた表情が、少しだけ明るさを取り戻したようだ。

二人で自販機でジュースを買ってから自習室に向かう。

同じ過ちは犯さない。きっと自習室は暑いはず。


――コンコン


 俺と杏里は高山達の居る自習室に入る。

そこには隣り合って座っている高山と杉本。

互いにノートや教科書を開きながら、和気あいあいと話し込んでいる。


「お、やっと来たな。ずいぶん遅かったな、何かあったのか?」


「いいえ、特に何もないわ。ごめんね、遅くなってしまって」


 杉本の向かいに杏里が座り、その隣に俺が座る。

買ってきたジュースを机に置き、杏里はノート一冊をバッグから取り出し机に置いた。


「早速なんだけど、これからの方針を決めようと思うの」


 開いた杏里のノートには、俺達の名前が書かれている。

題名には『苦手分野の克服と対策』と書かれている。


「方針ね。毎日勉強会でも開くか?」


「それもいいけど、みんなの都合とかもあるでしょ?」


「私は毎日だとちょっと難しいかな。試験は終わったけど、家の事も手伝わないと……」


「俺もバイトあるし、毎日だと難しいかな」


 どうやら高山以外は毎日集まるのが難しいようだ。

杏里も家の事とかバイトとかあるしな。


「週に何回かは集まりたいけど、普段は各個人で対策をしていってほしいかな。先に、先日のテスト結果を見て、苦手分野や得意分野など、一度私達ですり合わせしましょ」


 杏里が先日のテスト結果をもとに、みんなから聞いた話をノートにまとめていく。

ヒアリングの方法やノートへのまとめ方、対策の方法など、的確に書きだしていく。


「――と、こんな感じでまとめてみたけどいいかしら?」


 書き込み終わったノートを見ると、各個人の対策が書かれており、お互いがカバーでき、かつ無理ないスケジュールで組まれている。


「大丈夫じゃないか? とりあえず、これでやってみて、不具合がでたら修正していこうぜ」


「少なくとも週に一回はみんなで集まるんだし、私はこれでいいと思うよ」


「俺も同意見だな。互いにフォローしていけば大丈夫だろ」


 皆が意見を言ったが、特に不具合はないようだ。


「では、よろしくお願いします……」


 杏里がノートを閉じ、バッグに入れる。

俺は用意していたジュースを一口飲み、横目で杏里の顔を見る。


 いつもより少しだけ険しい表情。

きっと、この後切り出してくると思う。俺も心の準備をしておこう。


「よっし! 勉強の話は終わり? 終わりでいいよな? あのさ、少しみんなに話してもいいかな?」


 高山が急に話しだした。高山も杏里は杉本に話をすることは知っているはず。

でも、このタイミングで話してきたって事は、何かあるんだろうか?


「試験も終わったし、今度さみんなでお祭りに行かないか? 彩音ともさっき話していたんだけど隣町で『港祭り』があるんだ。夜には花火も上がるし、どうかな?」


 お祭りか、みんなでお祭りに行くのも悪く無いな。試験も終わったし、ちょうどいいタイミングかな?


「杏里も一緒に行くでしょ? 一緒に浴衣着ようよっ」


 杉本も杏里に話を振ってくる。

みんなでって事は、俺達四人で行くと言う事。

杏里の目が、目つきが少しだけ変わった。


「一緒に行きたい。でも、彩音に話さないといけない事があるの……」


 杏里がついに切り出した。俺と、高山はすでに知っている内容。

自分も関係している話だが、少しだけドキドキしてきた……。


「話? いいよっ、なんでも話してよ」


 杉本は姿勢を正し、杏里の方を真っ直ぐに見ている。

その目は真剣で、さっきまでの和気あいあいとしていた時の目とは大違いだ。

でも、前髪で結構隠れているんだよね、杉本の目は。


 でも、なんで普段から映画館で見たような可愛い髪型やコンタクトにしないんだろうか?

少しだけ気になるな。高山は知っているのだろうか?


「彩音は高山君に想いを伝えたでしょ?」


「うん……」


「わ、私も実は想いを寄せている人がいてね……」


「そうなんだ。杏里にも好きな人ができたんだねっ。良かったよ!」


「良かった? それはどういう意味なの?」


 少しだけ笑顔になっている杉本。

対照的に杏里は少しだけ表情が険しくなっている。


「だって、杏里はみんなとよく話はするけど、誰も信用していない目をしていた」


「誰も信用していない目?」


「そう。誰と話をしていても、他人行儀で上っ面のお付き合いしてます! って感じだったよ」


「彩音に対してもそうなの?」


「たまにそっけないなー、とは感じたけど。杏里にもきっと、色々とあるんだなって思ってた」


「そうなんだ……」


「でも、杏里は気が付いていたかな? 杏里の目が優しくなる時があるんだよ」


「優しく?」


「杏里はふとした時に表情が柔らかくなって、目が優しくなる時があるの」


 話を聞いている俺と高山。

完全に二人の世界に入っている。もしかして、俺と高山は席を外した方がいいんのか?


「自分では、気が付いていない……」


「じゃあ、今教えてあげるよ」


 杉本は席を立ち、杏里の方に歩いて行く。

そして、杏里の後ろに立ち、両手で杏里の顔を挟み込んだ。


「杏里、首の力抜いてねー」


 そう話した杉本は、杏里の顔を俺の方に強制的に向けてきた。

俺は杏里と目があり、互いに見つめあう。少しだけ杏里の表情が柔らかくなった。


「杏里、しばらくそのままね。天童さんも、そのまま杏里を見つめていてね」


 杉本は杏里をそのままの状態で放置し、自分の席に戻ってしまった。

高山と杉本はお互いに軽く視線を交わし、少しだけ微笑んでいたように見えた。


「杏里は今、心拍数上がってる? ドキドキしているかな?」


「そ、それは……」


「私の口から言ってもいいのかな? 杏里の口から私は聞きたい」


「し、してる。天童さんの顔を見ると、ドキドキする。恋を、している……」


「やっと言ってくれたね。杏里、私を見て」


 首を元に戻し、杏里は杉本の方を見る。


「彩音……。ごめん、ずっと話せなかった。話すのが、怖かった……」


「それで?」


「私は天童さんに想いを寄せているの。そして、お付き合いさせてもらっている……」


 ほんの数秒、空白の時間が生まれる。


「ナ、ナンダッテー! 天童! 姫川さんと付き合っていたのかー!」


 オーバーリアクションの高山。非常に芝居臭い。

でも、ピリッとした空気をあえて和ませてくれたんだよな?

そうだよね?


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