第117話 真っ青な空


 学校のある駅で杏里と別れ、俺は一人でいつもの音楽を聞きながら学校に向かう。

教室に入ると高山の席に数人クラスメイトが集まっているのが目に入った。


「高山、今朝のテレビで見たぜ。随分男前に映っていたな!」


「そうそう、隣の女の子は彼女なの?」


「あ、俺もそこが気になる! うちの学校の奴か?」


「それにしても、テレビに映るとかいいよなぁー」


 今朝のテレビを見たクラスメイトが高山に色々と聞いているようだ。

だが、隣の杉本には誰も声をかけない。

一緒に映っていたんだけどな。


「まぁー、なんていうの? もしかしたら事務所からオファーとかきちゃったり?」


「そんなはずないだろ!」


「いやー、でもいい映画だったぜ。みんなも良かったら見に行ってみろよ」


 そんな会話の中、俺は自分の席にバッグを置き、いつもの様に音楽を聞きながら参考書を開く。

杏里は不在で、杉本は何かの本をずっと読んでおり、高山の会話に混ざっていく気配はない。


 しかし、杉本は見れば見るほど地味だな。

映画を見に行った時とは全く別人と言っても過言ではないだろう。


 しばらくすると、クラスメイトは自分の席に戻り始める。

そろそろ予鈴が鳴る頃だ。


「すっかり有名人だな」


 後ろを振り返り、高山に声をかける。


「今のうちにサインやるか?」


 少しニヤついた高山の表情はいつも通り。

横目で杉本を見ても特に変わった様子はない。


「つか、何で先に帰ったんだよ」


 高山から先日の突っ込みを貰った。

まぁ、あの場を突然去り、帰ってしまったのは少し悪い気がするのは確かだ。


「いや、あの場は何と言うか、あれだろ?」


「折角あの後も色々と予定を立てていたのにさ」


「まだ何か考えていたのか?」


「当たり前だろ? 家に着くまでが遠足。本当だったらあの後カラオケに行って熱唱コースだったのに」


 随分フルコースの予定だったんだな。

どうしてそこまで予定を組めたんだ? 少しだけ気になる事がある。


「念のために確認したいんだが、カラオケのチケットも持っていたのか?」


「おぉ、素晴らしい推理じゃないか。天童、探偵の素質あるよ」


 マジか。高山、お前すごいぞ。

たった一日の為にそこまでプランニングしたのか?


「いや、何となくそんな気がしたんだ」


「母さんの行きつけのカラオケ店があって、そこの一時間無料券を貰っておいた」


 まさか、家族全員から色々と回収していたのか?


「そ、それは悪かったな。また、今度行こうぜ」


「そうだな。四人でまた行けたらいいな」


 四人で行けたらいいな。高山の言うとおりだ。


「なぁ、今日一緒に昼食べないか? いつもの屋上で」


「ん? 別にいいけど。他の二人も誘うのか?」


「いや、俺と高山の二人だけで」


「ごめん。俺、彼女できたから天童の想いに答える事は出来ない」


 俺は真面目な顔つきで高山に再度話しかける。


「冗談はよせ。真面目な話がしたいんだ」


 高山も察してくれたのか、ニヤついた顔から真面目な顔つきになる。


「悪い。いいぜ、じゃぁ、いつもの所で。彩音には俺から言っておくよ」


 おっふ。杉本の呼び方が変わっている。

すっかり仲良しになった証拠だな。


 しばらくすると杏里も教室に戻ってきて隣に座る。

いつもの凛とした表情に、仕草も学校モードって感じだ。


「おはよう」


「おっはー。今天童にも言ったけど、勝手に帰らないでほしいな」


「ご、ごめんなさい。ほら、あの時は、あれで……」


 若干あたふたしている杏里が可愛い。


「杏里、おはよう。今までどこ行ってたの?」


「うん、ちょっとね……」


 少しだけ杏里の表情が曇る。

何かあったのかな?


「姫川さん、今日は高山と一緒に屋上で昼を食べるよ」


 杏里に目線を送り、アイコンタクトを取る。


「えぇ、わかったわ。じゃぁ、私は彩音と一緒にお昼にするわね」


 杏里も俺の意図を理解してくれたようだ。

ありがとう杏里、助かるよ。



――キーンコーンカーンコーン


 空はどこを見ても青。雲一つない空は俺の全てを吸い込んでいくような感じがした。

風もなく、正直そろそろ屋上ランチは時期的にきついのかもしれない。


「天童、暑くないか?」


「暑いな。そろそろ校内で昼を取らないと、熱中症になるかもしれん」


 季節は夏。つい先日までいい感じの屋上だったのに、今では灼熱地獄の一歩手前だ。

明日から校内にしよう。


 高山はきっと杉本からもらった三段弁当に大きなポットを持参している。


「ポット持参とは珍しいな」


「これか? これは味噌汁が入っている。彩音が作ってくれたんだぜ」


 満面の笑顔で弁当箱を開け、味噌汁を準備している高山は幸せオーラが出っぱなしだ。

俺は購買のパン二個を地面に置き、適当に牛乳を飲みながら食べ始める。


「あのさ、杉本さんと付き合う事になったのか?」


「おう。もちのろんだ。俺は彼女持ちになった。夜も適度に連絡してるぜ」


「そっか。高山は姫川さんの事狙っていなかったけ?」


「ん? あぁナデシコの事か。そうだな、世界で一輪しかない華が枯れそうだったら、元気をあげたいだろ? 好きとか、付き合いたいとかじゃなく、あの時は元気になってほしいって思っただけだぜ?」


「そ、そうなのか?」


「だって、映画断られたら、他の女子を誘うように天童にも言っていなかったけ?」


 た、確かにそんな事を言われたような記憶がある気がする。

ダメもとで誘うし、ダメだったら次にとか、言っていた気がした。


「姫川さんを元気にか……。高山もいろいろ考えているんだな」


「おうよ。情報は金になるし、自分を守る時にも使える。天童もあの時のナデシコを見て知っていると思うが、家のゴタゴタでへこんでいただろ? そこは同じクラスメイトとして、俺とか天童の出番だろ」


 高山は豪快に弁当を食べながら、ものすごくいい事を言っている気がする。

しかし、味噌汁の飲む音に注意がそれ、どうしても感動できない。


「高山のおかげで、姫川さんも元気になったと思うよ」


「いや、俺のおかげではないな。どちらかというと、天童のおかげだろ?」


「そうか? 俺は特に何も動いていないぞ?」


 ニヤニヤしながら弁当を地面に置き、俺の方を真剣な目で見てくる。

真面目な顔つきの高山は結構イケメンに見える。


「天童さ、ナデシコの事好きだろ? そして、多分だけどお前たち付き合ってないか?」


 心臓が張り裂けそうになった。

今から話そうと思っていたけど、先に高山に真実を話されてしまった。

心臓が、心が張り裂けそうなくらい痛くなる。


 落ち着け、どうせ今から話す事だったじゃないか。

だったら都合がいい。真実を、俺と杏里が今どんな状況なのかを伝えるチャンスじゃないか。

人と言う字を、三回書いて――


『人と言う字はな、こう、倒れそうなときにもう一人が支えている。だから、みんなには支えられる大人になってほしい』


 俺は杏里に、杉本に、そして高山に支えられてきた。

これ以上支えてもらってばかりではいけない。

俺がみんなを支えられるようにならなければ。


 脳裏に思い描いた人と言う字を、ゴクリと飲み込んだ。

大分落ち着いたな、先生ありがとう。


「そうだ。俺と姫川は付き合っている。少し前から……」


 青い空、雲一つない真っ青な空。

この空の様に嘘のない本当の事を、真実を話そう。

その結果がたとえ雷雨となり、俺と高山の間に稲妻が走り抜け、俺達を引き裂くことになっても。

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