第116話 まさかのデビュー


「起きて。司君、朝だよ」


 杏里の声が耳に入ってくる。

どうやらソファーで寝ていたら、そのまま朝を迎えてしまったらしい。

薄らと目を開けると、寝癖の付いた杏里の顔が目に入ってくる。


 その寝癖はいつもよりひどく、前髪がはねておりアホ毛のようにピンと立っている。


「お、おはよう。杏里、鏡見たか?」


「まだ見てないけど、ごめんね。私が司君のベッド使っちゃったみたいで」


 杏里が少し申し訳なさそうな目で俺を見てくる。

寝たまま手を伸ばし、杏里の頬に手を当てる。


「いや、俺が勝手にしたことだし、気にするな」


 起き上がり背伸びをすると、少しだけ腰が痛い。

やっぱりソファーで寝るもんじゃないな。


「私、司君に髪を乾かしてもらったまま寝ちゃったんだね。ごめんね」


「疲れていたんだろ。ゆっくり寝られたか?」


「おかげさまで朝までぐっすり」


 笑顔で答える杏里の顔は天使のようだ。

はねた前髪も可愛く見えてしまう。


「朝ごはんの準備でもしようか」


「うん」


 二人で顔を洗いに洗面所に行く。

鏡に映った杏里は、自分の髪を見て少しびっくりしているようだ。


「す、すごい寝癖がついていますね」


「悪い。多分俺がしっかりと出来なかったからだ……」


「大丈夫。すぐに直るから」


 杏里はタオルを一本手に持ち、そのまま台所に走って行ってしまった。

『チン』と言う音が台所から聞こえ、頭にタオルを乗せた杏里が戻ってきた。


「これですぐに戻ります」


 ほぅ。レンチン魔法はこんな事にも使えるんだな。

覚えておこう。


 洗面所を後にし、二人で台所で朝食の準備をする。

昨夜は豪華なディナーだった。今朝はいつも通りの朝ごはんにしよう。


「パンに何塗る?」


 鍋でスープを作りながらパンをトースターに入れ、ジャム等を準備する。


「私はイチゴがいいですね。司君は?」


 んー、お気に入りのピーナッツが切れている。

他のジャムは何か入っていないかな……。


「これだな」


 手に取ったのは蜂蜜。生憎と他のジャムが品切れだ。


「良いですね。私も蜂蜜にしようかな」


「だったら半分こにする?」


「うん」


 焼き上がったトースト二枚をそれぞれ半分にし、イチゴジャムと蜂蜜をたっぷりと塗る。

サラダもスープも準備ができ、茹で上がったウインナーもケチャップをつけ準備万端。

朝のニュースもテレビで流しており、いつもの朝食の時間を迎える。


「「いただきます」」


 二人で食べるご飯はうまい。

豪華な食事でなくとも、一緒に食べる時間が幸せな時間になる。


「俺、高山に話をしてみるよ。改まった場所ではなく、普通に」


「良いと思うよ。私も彩音に話してみるね」


 ゆっくりとした時間が流れる。

もしかしたら俺達は考えすぎだったのかもしれない。


「あ、司君。昨日の試写会の特集やってるよ」


 テレビから昨日見た映画の特集が流れ始めた。

初めは簡単なあらすじと人物紹介がボードで簡単に説明される。


『それでは、先行試写会の様子を、見終わった恋人同士のみなさんから感想を頂きました!』


 あの会場にいたレポーターの人が画面に映る。

まさか俺と杏里は写らないよな?

嫌な予感がする。あのときは全く考えていなかったがまさか……。


『感動しました。予告は何度も見ていたんですが、予想以上に良いストーリーでした』


『映画館で涙を出したのは初めてかもしれません。すごく心に残りました』


 映し出される館内の映像。そして、インタビューに答える恋人たち。

そして、予想外の映像が流れ、俺と杏里は無言で画面を見続けた。


『良かったです! 俺、こんな感動したの初めてかもしれません! また見に来てもいいですね!』


 大声で答えているのは高山だ。

高山がテレビデビューしてしまった。高山の隣には杉本も映っている。

まさかのテレビデビュー、この放映を高山は知ってるのか?


『と言う感じにですね、映画を見た皆さんは感動しておりました! そして、今回映像は流れませんでしたが、とある男性は「この広い世界で彼女に出会えたことが、一番の出来事です」

」と、コメントも頂けました。この夏、全国一斉に公開されますので、恋人がいる方はもちろん、お友達同士でも是非見てください!』


 最後にこのレポーターが言っていたのは間違いなく俺の事だ。

幸いなことに映像は出なかったが、間違いなく俺だ。


 目の前の杏里は頬を赤くしながら画面を見たまま動かない。

テレビも天気予報に切り替わり、そこまで画面を見る必要もない。


「杏里、パンから蜂蜜が垂れるぞ」


 声をかけると、我に返った杏里は急いでパンを口に運んだ。

俺もコーヒーを飲み、少し落ち着こう。


「あの、さっきのあれって、司君の事だよね?」


「間違いないな。映像がでなくて本気で良かったと思ってる」


「流石に恥ずかしいよね、あのセリフを放映されるのは」


 編集の人がカットしたんだろうな。ありがとうございます。

もし放映されたら、引きこもりになっていたかもしれません。


「だな。自分が恥ずかしい……。しかし、高山の映りは良かったな」


「そうだね。彩音も映っていたけど、そこまでアップになっていなかったし」


 朝からびっくりニュースを見てしまった。

俺達の事はともかく、高山は何か学校であるかもしれないな。


 朝食もそれなりに、学校へ行く準備を終え、俺達は玄関を後にする。

俺は杏里の手を取り握りしめ、駅に向かって歩き始めた。

これから先もずっと、一緒にいたいと言う願いを込めて握る手を、杏里も握り返してくれる。


 俺達は今、二人で歩いている。

この先何があるか分からないが、きっと二人で乗り越えていけるだろう。

この先どんなことが待ち受けていたとしても……。


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