第115話 天使の寝顔
電車に乗り、杏里と一緒にいつもの商店街を歩いて帰る。
すっかり商店街は暗くなり、開いている店もほとんどなくなってしまっている。
「あの二人、これからどうなるんだろうね」
「さぁな、今度会った時に詳しく聞いてみようか。でも、良かったじゃないか。俺達の目の前であんなことされるとは、夢にも思わなかったけどな」
高山はもしかしたら杉本に想いを伝える予定だったのかもしれない。
テラスを予約していたと言っていた。それに、あのレストランも普通に考えたら高級店すぎる。
高山はどこまで考えていたのだろうか? 今度直接聞いてみよう。
夜でも寒いと感じることが無くなり、ちょうどいい風が俺達の間を吹き抜けていく。
空には月と星が輝いており、遠くの方で犬が鳴いている以外、静かな夜だ。
「司君は、私のこと好き?」
杏里が俺の腕を取りながら、顔をのぞかせてきた。
「もちろん」
「どこが好きなの?」
どこが好き? 俺は杏里のどこが好きになったんだ?
「難しいな……」
勉強ができる? 可愛い? 性格がいい? お金持ち?
手料理が絶品? 実は甘えん坊な所?
うーん、違うな。そうではないな。
一緒にいると落ち着く、いないと少し不安になる。
一緒に食べる食事がおいしく感じる。
二人でなにかする時、俺は楽しいと感じる。
具体的に杏里の何が好きになったんだ?
「即答できないんだ……」
「あ、そういう意味じゃない。なんだろ、具体的にどこって訳じゃなくて、杏里の存在? 杏里自身が好きなんだと思う」
少し照れながら杏里は組んでいる俺の腕を少しだけ強く自分に引き寄せた。
俺の腕に杏里の体が触れる。ちょっとだけドキドキするが、クールにしなければ。
「そっか。私ね、司君と一緒にいると安心するし、司君の事大切に想っているよ」
「ありがとう。俺も杏里の事大切に想っている」
肩を並べ、一緒に歩いて帰る。
その道はいつまで一緒に並んで歩くことができるのかは分からない。
でも、俺の隣にはいつまでも杏里にいてほしいと思っている。
自宅に着いた後はそれぞれラフな服装に着替え、順番でお風呂に入る。
「では、今日も司君の髪を乾かしますね」
杏里に髪を乾かされている時、俺は至福の時を迎える。
初めは少し抵抗があったが、最近は乾かされるのが気持ち良いと感じる。
ソファーに座り、俺の後ろに立ちながら杏里はドライヤーのスイッチを入れ、温かい風が俺の髪を乾かしていく。
今回は熱風ではなく適温だ。ありがとうございます。
「はいっ、終わりましたよ。少し髪が伸びましたね、近いうち美容院行きましょうか」
美容院? そんなところに行くのか?
「俺は商店街のワンコインカットでいつも済ませてるが、美容院に行かないとダメなのか?」
いつもワンコインで髪を切ってくれる商店街の店がある。
しかも散髪時間は約十分。気楽に行けるし、何より財布に優しい。
「ダメです。近所で司君がいけそうな美容院をピックアップしておいたので、今度行きましょう。私も同席しますね」
いや、恥ずかしいんですけど。
それに、床屋位一人で行けるよ?
「何で杏里も来るんだ? 店の場所が分かれば一人でいいだろ?」
杏里はなぜか深いため息をつく。
そして、手に持っていたドライヤーをテーブルの上に置き、真剣な目で俺に話しかけてきた。
「良く聞いてください。司君はもっと服装や髪型とか、もっと自分自身に時間をかけてください。身だしなみを整えるのも大切ですよ?」
杏里に怒られてしまった。
「お、おう。分かったよ。でも、床屋位一人でいいだろ?」
念のためもう一度聞いてみる。
「床屋ではなく美容院です。担当の人に私からカットについて伝えたいことがあるので、一緒に行きます」
強い口調の時、杏里は高確率で折れてくれない。きっとこのままでは平行線だろう。
まぁ美容院位いいか、ここは俺が折れよう。
「分かったよ。今度時間ある時にな」
「予約しますから、私がスケジュール組みますねっ」
確か服も今度買いに行くとか言っていたし、今度は美容院。
そんなしゃれた所に行った事はない。杏里が来てから俺も色々と体験することになるんだな……。
杏里が、頭に巻いているタオルを取り、髪を整え始めた。
「なぁ、いつも俺が乾かしてもらっているから、杏里の髪も俺が乾かすか?」
何度も乾かしてもらっているし、たまにはお返ししてもいいだろう。
「良いのですか? 結構乾かすのに時間かかりますよ?」
「大丈夫。ほら、ここに座って」
「ありがとう。ちょっと嬉しいな。では、お願いしますね」
俺はソファーの空いている隣を指差したつもりだったが、なぜか杏里は俺の目の前に腰を落す。
少しがに股で座っていた俺の股の間に、スペースがあったので、そこに杏里がちょこんと座ってしまったのだ。
ちょ、違うよ。俺の前じゃなくて横だよ。
「あ、杏里?」
「ここでいいかな? 髪、邪魔だったら言ってね」
「……はい」
杏里は俺の前に座り、杏里の背中が良く見える。
薄いピンクのパジャマに、腰まである長い髪。
真っ黒で水分を含んだ髪を手に持つと思ったより重く感じる。
「痛かったり、乾かし方が違ったら言ってくれ」
「うん」
俺はドライヤーを片手にもち、反対の手で杏里の長い髪を乾かし始めた。
長い髪を乾かしながら、杏里の肩や背中に自分の手が触れる。
女の子の髪を乾かすのは初めてだが、こんなにドキドキするのか。
もしかしたら杏里も俺の髪を乾かす時にドキドキしていたのかな?
いやいや、集中しよう。髪をしっかりと乾かさないと、風邪をひいてしまう。
杏里の頭に手を乗せ、指先で頭を揉むように髪の隙間を作りドライヤーのが風を送る。
中々乾かない。自分の髪だったら数分で乾くのに、杏里の髪は十分経過しても乾いていない。
髪の長い子はこんなに大変な事を毎日しているのかと思い、感心してしまう。
しばらく時間が経過し、そろそろ乾ききると思ったとき、急に杏里が俺の脚に寄りかかってきた。
「どうした? 痛かったか?」
反応が無い。そっと杏里を覗くと目を閉じ寝息が聞こえる。
今日は色々あって疲れたんだろうな。
ドライヤーの電源を切り、杏里の髪を手グシで整える。
乾いた髪はサラサラで、石鹸のいい香りがする。
長い髪を後ろで束ね、杏里の手首にあった髪留め用のゴムを使い、杏里の髪をまとめる。
確か寝る前は、こんな感じだったよな?
すっかり杏里は寝てしまったようだ。
俺は杏里をお姫様抱っこし、隣の部屋へ行く。
ゆっくりと俺のベッドに下し、布団をかける。
すっかり夢の中に旅立った杏里の顔は天使の寝顔だ。
俺はそんな杏里の頬に軽くキスをする。
おやすみ、杏里……。
今日はいろいろあったけど、楽しい一日だったな。
部屋の灯りを常夜灯に切り替え、俺は部屋を出ていった。
さて、俺はこのままソファーにでも寝るか。
杏里の部屋はロフトになっており、杏里を背負ってロフトの階段を上がるわけにはいかない。
今日はとりあえずそのまま俺のベッドに寝かせておくか。
色々と話しがしたかったけど、明日にしよう。
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