第113話 終わった初恋


「私はみんなの事信じてるよ。だから、最後まで話を聞いてほしいの」


 時間にして数秒だろう。

誰も言葉を発しなく、店内の静かな音楽が耳に入ってくる。


「天童さんは、幼稚園でお別れ会をした後、私と最後に交わした言葉覚えてないよね?」


 最後の言葉? 俺の記憶には全くないな。

俺は杉本と最後に何を話したんだ?


「すまん。生憎覚えてないんだ」


 俺の過去を含め、ここに居る全員に関係のある話なのか?

ただ、俺と杉本の過去を暴露する暴露大会にならないか?

杏里と高山も息をのみ、静かに話し始める杉本の声に耳を傾け始める。


――


「あやねちゃん! 僕、あやねちゃんとお別れするの嫌だよ!」


「大丈夫。つー君とお別れしても、ずっと心はそばにいるよ。だから心配しないで」


「でも、あやねちゃんとずっと会えなくなるんだよ! そんなの寂しいよ!」


「つー君は寂しがり屋だね。きっと、いつかまた一緒に遊べるようになるから、心配しないで」


「そ、そんなの嘘だ! ぼ、僕はもう仲良しは作らない! お別れする位だったら、初めから友達なんていらないよ!」


「そんなこと言わないで! 一緒に遊んだ時間は、私たちの思い出になるんだよ! 思い出もなくしちゃうの?」


「そうだよ。寂しいと思うんだっら、あやねちゃんの事なんて、忘れてやるんだ、もう友達も作らない!」


「あっ、待ってつー君! 私は忘れないよ! ずっと、ずっと覚えているからね!」


「あやねちゃんなんて、もう、ばいばいだぁー!」


「つー君! いつか、また会ったら私達友達だよ!」


――


 杉本の口から、母さんから聞かなかった過去の話は俺の心に突き刺さった。

もしかして、俺が忘れてしまった記憶は、子供の頃に自ら記憶を封印したのか?


「思いだせないかな? でもね、私は忘れなかった。つー君と遊んだ頃の記憶は、私の心にある」


「悪い。やっぱり思いだせない……」


「大丈夫、気にしないで。天童さんが昔の事を忘れていたのはきっと私のせいなんだ。でもね、天童さんが私の事を忘れても、好きな人がいるんだって聞いた時、嬉しかった。例え私じゃない誰かでも、人を好きになる心まではなくなっていなかった。それが、すごく嬉しかった……」


 杏里の表情がさっきと変わって険しい顔になっている。


「どうして? どうして今話したの? もっと早く、もっと早く話してくれたら良かったのにっ!」


 瞼にうっすらと涙を浮かべ、やや強めの口調で杏里は杉本に詰め寄る。

高山も話を真剣に聞いているようで、さっきから無言のままだ。


「ごめん。でも、私も自分自身に踏ん切りがつかなかったの。このままでいいのかって……」


「杉本は、天童とこれからどうしたいんだ? その……好き、なんだろ?」


 高山の声が低い。

いつもの声とは随分違う、精神的ダメージを負っている感じの声だ。


「映画を見る前にね、天童さんと少し話をしたんだ。私は過去にケリをつける」


「けりを、つける?」


 杉本の目が、その眼差しになぜか俺の心は揺れ動く。

人が真剣に何かを伝えようとした時、人の心は動く。

きっと、杉本の話を聞いた時、俺達の心が動くんじゃないかと、そんな予感がした。


「私、杉本彩音は、今想いを寄せる人が、好きな人がいる。でも、それは天童さんではない」


 高山が目を大きく見開き、杉本の方を見ながら話し始めた。


「でも、さっき天童の事好きだって……」


「そう。天童さんの事が好きだった、ずっと好きだった。でも、他に気になる人が現れて、その人が私の心をどんどん埋めていってしまった。そして、その人が私の心を全て埋めてしまった……」


 杉本の想いを俺達は聞いた。俺はどう答えればいい?

他の二人はどう受け取り、どう答える?


「彩音は天童さんの事、好きじゃないの? もう、どうでもいいの?」


「違う! 好きだったのは確か。でも、過去の思い出になってしまったんだ。初恋、私の初恋はあの時に終わったんだって……。みんな事、好きなの。だから私の本当の心をみんなに知ってもらいたい」


 高山が杉本の方に目を向け、真剣な目で杉本を見つめる。


「話せよ。俺が、俺達が全部受け止めてやるよ。何があっても、どんなことでも、絶対に俺達は裏切らない。心配するなって」


 こういう時の高山スマイルは素晴らしいと思う。

少し前まで動揺していたかと思えば、もう切り替えている。


「ありがとう。私、天童さんや杏里、高山君と出会えて良かった」


 瞼に涙を浮かべながら、杉本は手に持ったハンカチで涙をぬぐう。

杏里もさっきより落ち着いたようで、表情は和らいでいる。


「天童さんとの思い出があったから、今の私がいる。ありがとう、ずっとつー君の事好きだった。でも、私は今――」


 杉本は高山の方を見ながら、目を閉じ大きく息を吸った。


「高山君の事が好きなの! 自分の気持ちが抑えられないくらい、心の底から好きになったの。高山君の事が……」


 俺ではなく、杉本の口から爆弾発言が。

マジですか。俺がびっくりさせようと思っていたら、逆にびっくりしてしまった!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る