第112話 一つの嘘


 杉本の突然発言に誰しもが口を閉ざす。

俺と杏里は不安そうに杉本を見ているが、高山はなぜかニヤニヤしている。


 これは絶対に勘違いしてる。そんな予感が脳裏を横切る。

まずい、完全に予定外だ。

とりあえず杉本の話しが終わったら、改めて仕切り直しをしよう。


「ごめんね、急に大きな声出しちゃって」


「ううん、大丈夫よ。彩音の事だから、きっと大切なことなんでしょ?」


 杉本は無言で頷き、両手を膝に乗せ目を閉じた。

そして、大きく深呼吸してから目を開け、小さな声で話し始めた。


「初めにね、杏里に謝らないといけないの。私、杏里に一つ嘘をついた」


「嘘? そう、でも今話してくれるんでしょ? 私はそんなに気にしないわよ?」


 杏里も杉本も少しだけ顔から笑みがこぼれる。

お互いに信頼し合っているからなのだろうか?


「私覚えているの。昔の事、杏里に覚えていないって言ったけど、本当は鮮明に覚えている」


 杏里の表情が変わった。その表情はびっくりしたような表情で、少しだけ口が開いている。


「そ、そうなんだ……。昔って、どんなことを覚えているの?」


 杉本は俺の方を見て、深呼吸をしている。

俺か? 俺についてなのか?


「私、天童さんと一緒に同じ幼稚園に通っていたの。天童さんは覚えていないと思うけど、私は鮮明に、お別れする最後の時まで鮮明に覚えている」


「な、何だってー! 杉本と天童はもともと知り合いなのかぁ!」


「そっか……。彩音は、天童さんの事覚えていたんだ……」


 突っ込みありがとう、さすがは高山さんです。

杉本と杏里の会話の裏側を知っている俺は、なるべく発言しないように心掛けよう。


「私ね天童さんと昔、仲が良かった。天童さんは途中で引っ越しちゃって、それっきり。でも、今の高校で同じクラスになって、一目で天童さんってわかった」


 杉本は俺の事を覚えていたんだ。

それなのに、俺はきれいさっぱり忘れてしまっている。


「俺と昔、会っていたのか。でも俺は杉本さんの事、覚えていないんだ。悪い……」


「ううん、違うの。そこは気にしていないからさ。でも、私から天童さんになかなか切り出せなくて。今回、杏里から映画の話を貰った時、チャンスだと思ったの」


 なるほどね。偶然かもしれないが、高山が俺を誘い、俺が杏里を誘い、そして杏里が杉本を誘う。

杉本は俺の事を知っていたし、俺に話しをするチャンスだったのかもしれない。


「彩音は天童さんの事、覚えているって言ったけど、こ、これからどうしたいの?」


 杏里の表情が若干こわばっている。

ハンカチを握っている手には力がこめられており、思いっきりハンカチが握りつぶされている。

恐らく本人は気が付いていないだろう。俺のハンカチ……。


「この話をするのが怖い。でも、自分の為にもみんなに話をしないといけないの。自分の未来の為にも……」


「いいぜ。杉本の話し聞くよ。いやー、しかしびっくりしたなー。何年会っていなかったんだ? 十年位になるんじゃないか?」


 高山の言うとおりほぼ十年会っていない。逆に言えば十年、会いもしないやつをよく覚えているもんだ。

十年という長い時間、杉本は俺の事を忘れることなく覚えていた。

それはどういう意図で覚えていたのか、覚えている事に意味があるのか?


「天童さんに、この間『好きな人とか、気になる人とかいますか?』って聞いたの。天童さんは『気になる人がいる』って答えてくれた」


 大部前にそんな事を聞かれた記憶があるな。

確か杏里に想いを伝える前だったよな?


「えっと、その話をされるのはちょっと恥ずかしいんだけど……」


「天童さんに、気になる人がいるって言われて、私は安心したんだ」


 え? 安心した?


「杉本さん、安心したってどういう事なんだ?」


 俺の気になる人って言うのが仮に杉本本人だった場合、安心したとは言わない気がする。

それに、俺の気になる相手が杏里だったとしたら、余計に意味が分からなくなる。

いったいどういう意味なんだ?


「へー、天童。お前好きな奴いたんだな……」


 あうー、まずいっす。今はそっちの方に話を持っていかないでほしい。

後で俺からちゃんと話しますから!

高山は俺の方を見てニヤニヤしている。


「彩音。どうして安心したの? もしかして、彩音は天童さんに好意を……」


「え? 杉本って天童の事好きなのか! マジか!」


 あー、話がややっこしくなってきた。

おおまかな内容と、裏側を知っている俺も混乱して来たぞ。


「で、杉本さんが安心した理由ってなんだ?」


 杉本は少し寂しそうな目で俺を見てくる。

まるで俺を憐れむような目だ。


「天童さんに対して好意はある。『好きか?』と聞かれたら『好きだ』と答えるよ」


 おーまいがっ! まさかの爆弾発言! ここでそう来ましたか!

杏里に目線を送る。だが、反応がなさそうだ。

続いて高山に目線向けるが、震える手でコーヒーを飲んでいる。


 そして、俺。

鼓動が、脈拍が。落ち着け、いいか杉本の話には続きがある。

落ち着いて確認するんだ。


 今さっきみんなで話していたじゃないか。

言葉は大切、きちんと伝えなければ勘違いしてしまう。


「彩音……。天童さんの事を今でも……」


 杏里の瞼に少しだけ涙が。

こらえているのは分かるが、感情を押さえきれていない。


「ごめんね。私、杏里の事、嘘ついて裏切ったの……。ごめん……」


「そ、そんな事無い! 私も、私もっ……」


「そっか。杉本は、そうなんだ……」


 高山の背後からハイテンションのオーラが消え、今は沈黙している。

こんな話を目の前でされたら、誰だってテンション下がるよな。


「でもね、杏里。私、天童さんを見て、安心したんだ。私の事を忘れていても、嬉しかった」


 そう、杉本は俺に対して嬉しいと言っている。

どういう意味なんだ。


「昔、私と天童さんがお別れした時の事を、少しだけ話すね……」


 静かな音楽の流れる部屋で、杉本はゆっくりと話し始める。

俺も知らない昔の話。杉本だけが知っている、昔の話。


 それをここで話して、いったい何が残るのだろうか?

杉本の覚悟を決めた発言は、俺達の未来をどのように変えてしまうのだろうか……。

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