第110話 これからの私達に


 案内されたのはホテルの最上階にあるレストラン。

エレベータを降りたらすぐにレストランのカウンターが見えている。

このフロアが全てレストランになっており、簡単なパーティーもできるような広さを持っている。


「お待ちしておりました。高山様でございますね。お席までご案内いたします」


 カウンターにいた執事のような男性の後をついて行き、一室に入る。

案内された部屋は窓から街を見渡せるようにガラス張りになっており、部屋の中央に丸いテーブルが置いてある。

白いテーブルクロスが付けられており、ちょうど四人が座れるように椅子が置かれている。


「それでは、後程お料理をお運びいたします。ごゆっくりと……」


 執事さんが軽く会釈をし、部屋から出て行った。


「うーん! やっと落ち着くな!」


 思いっきり背伸びをした高山。

ここに来るまで何度ドキドキしただろうか。


「ほら、天童ジャケットよこせよ」


 高山は着ていたジャケットを壁にかけてあるハンガーにかけ、壁に戻す。

俺も高山にジャケットを渡し、ハンガーにかけてもらった。


「この景色、すごいですね」


 杉本は窓際に立っており、外を眺めている。

その隣に杏里も吸われるように、杉本へ歩み寄っていった。


「こんな所で食事をするなんて。高山さん、説明してもらっても良いでしょうか?」


 杏里の話す言葉に少しだけとげを感じた。


「おう、いいぜ。その前にとりあえず座らないか?」


 高山は杉本の座ろうとした椅子に手をかけ、軽く椅子を引いた。


「あ、ありがとう……」


「おう。俺は紳士だからな!」


そして、杉本の座るタイミングに合わせて椅子も戻す。

紳士的対応だな、素晴らしい。


 俺も高山のまねをして杏里の座る椅子を引いてみる。


「ありがとう」


 杏里から満面の微笑みを貰った。


「俺も紳士だからな」


「そうね、紳士ね」


 互いに目線を送りあい、きっと心の中で笑っているだろう。

こうして四人が席に着いた。


「では、第一回。なんでここで食事なんですか! 意見、反論、討論大会! いえーい!」


 一人テンションの高い高山。

他三人は手を膝の上にのせ、ややフリーズ中であります。


「んー、みんな暗いな! 冗談だよ、冗談。大丈夫だって! 財布の心配だろ? ここは俺に任せろって!」


 ボス、貴方の部下で良かったよ。

このレストランの食事までおごってくれるのか!


「た、高山さん? さすがにそれは、ちょっと。それで、どうして今回ここに?」


「ゴホン。簡単に説明するぜ。みんな『株主優待』って知ってるか?」


 株主優待。確か、株を持っていると色々ともらえるやつだっけ?


「知ってます。もしかして、さっきのチケットは株主優待でいただいたチケットですか?」


「お、杉本正解! うちの親父がここのホテルの株を持っていて、年に一回ここの優待券をくれるんだよ」


 映画は姉さん、食事は父さん。このあと母さんから何か出てこないよな?


「父さんからもらったのか?」


「その通り、今回の試験で成績が良かったら、貰えるようにしていたんだ! いやー、姫川様様だぜ!」


「た、高山君のお家って結構お金持ち?」


 杉本が高山に向かって話しかけた。

そう言えば、杏里のおうち事情はある程度知っているが、残りの二人についてはあまり知らないな。


「いんや。普通の家だよ。では、改めて説明します! 今回の食事について――」


 高山はレストランの優待券について説明を始める。

チケット一枚で四名まで食事が可能で、事前予約が必須。

ただし、キャンセルの場合は前日までに連絡が必要。


 そして、基本コースの料理、飲み物は無料。

一部のアルコール類も無料になっているが、俺達は今回対象外になっている。

今回は飲み物についてはシェフのお任せになっており、何が出てくるかは分からない。


 コース以外の料理や飲み物は別途料金がかかる。

なので、絶対に頼むことの無いように念を押された。


「いいか、ここは正直なところ価格がすごい。コース以外は考えないでくれ」


「コース内で十分だ。いいのか? 俺までおごってもらって」


「オフコース! 一人でも、二人でも、四人でも同じチケット一枚。今夜は俺がおごろう!」


「ありがとう、こんな所の食事なんて初めてだから嬉しいよ」


 素直に感謝の気持ちを伝えた。

みんなで食事に来れて良かった、ありがとう。


「て、天童熱でもあるのか? 天童が素直になっているなんて……」


「た、高山君! 天童さんは素直ですよ、もともと」


「そうですよ。高山さんは天童さんの本当の姿を知らないだけです」


 構図が三対一になった。

俺ってどんな風に見られていたんだ?


――コンコン


「お待たせいたしました」


 カートに乗ってきた料理と、ドリンク、それによくわからない何かを運ぶ執事さん。

そして、その執事さんは俺達の目の前にあるグラスに赤い飲み物を入れてくれた。


 テーブルには数品目、料理が並んでいく。

サラダとパン。それにスープからいい匂いが漂ってくる。


「それでは、ごゆっくりと……」


 部屋から出て行った執事さん。

次は何を運んできてくれるのかな?

早く肉来ないかなー。


「きた! では、皆様グラスを片手に!」


 俺達はそれぞれの右手にグラスを持ち、目の高さまで上げる。

今回は真面目に乾杯をしよう。


「試験の終わりと!」


 高山の声が大きく響く。


「映画鑑賞と!」


 俺の声も大きく響く。


「素敵なお食事と!」


 杉本の声も、普段に比べたら大きい。


「これからの私達に!」


 杏里の笑顔が、こぼれそうだ。

今この瞬間、俺達はみんな一つになっていると思う。


「「「「乾杯!」」」」


 キーンとグラスの甲高い音が響き渡り、俺達は食事を始めた。

高校一年でホテルの最上階で食事をする事なんて、まずないだろう。


 俺はこの後、爆弾発言をしなければならない。

それまでのほんの短い時間だが、今を楽しもう。


 その結果がどうなるかを知っているのは、神のみだ。

もし、本当に神がいるのであれば俺に微笑んでくれ。


 杏里の為に、俺の為に、俺達四人のこれからの為に……。

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