第108話 一番の出来事


 無事に映画鑑賞も終わり、まだ半泣き状態の三人と俺は映画館のホールにいた。

このままの状態で外に出るのはちょっと気が引けるので、全員が落ち着くまで残る事にしたのだ。


「ぐすっ。思っていたよりもいい話でしたね……」


 手にハンカチを握ったままの杉本はホール内のソファーに座っている。

その隣にいる杏里も俺が渡したハンカチを片手に握りしめ、さっきから一言も話していない。


 俺の隣にいる高山は可愛い熊のカバーが付いたポケットティッシュを手に、鼻をかんでいる。


「高山、随分可愛いティッシュを持っているな」


 場を和ませようと、高山に話を振ってみる。


「ん? これか? これは杉本に借りた。持ち合わせのティッシュを映画中に使い切ったからな」


 そこまで鼻水出ていたのか?

この状況を見ても分かる通り、平然としているの俺だけだ。

俺の感覚が違うのか?


「杉本、これ返すよ。ありがとう、超助かったぜ!」


 高山に返された熊さんティッシュを杉本はバッグに入れる。


「どういたしまして。それにしても高山君は随分涙を流していましたね」


 涙も出ていたが、それ以上に鼻水も出ていた気がするが、今はそっとしておこう。


「いやー、俺も意外なんだよね。あんまり感情が表に出る事無いんだけど、不思議だなー」


 ホールには俺たち以外にも何名か恋人同士と思われる男女がいる。

それぞれが互いに何かを話しているようで、何となく俺だけが場違いな気がする。


 それに、さっきからスーツを着た女の人と、カメラを持った男の人がマイクを片手にインタビューのような事をしている。

声をかけられた男女は、カメラに向かって何か話しているようだ。


「天童、俺ちょっと飲み物買って来るわ」


「あ、私も」


 高山と杉本は二人で自販機の方へ向かって歩いて行った。

杏里と二人になった俺は、杏里の隣に座る。


「さっきから会話に混ざってこないけど、何かあったのか?」


「……何でも、ないよ。ちょっと考え込んでいただけだから」


 杏里に少し元気がない。あの映画に少し影響されたのだろうか。

ふと目線を上げると、知らない女性と男性。

さっきインタビューをしていた人たちが俺の目の前に立ってる。


「ちょっといいかな?」


 カメラを肩に乗せ、俺達の方を撮影している。

そして、レポーターっぽい女性は俺達にマイクを向けてくる。


「今回の映画いかがでしたか? 一言でもいいから何かコメントもらえないかな?」


 さっき見た映画の感想を聞いているのか。

俺はどう感じたんだろうか?


「私はとてもいい作品だったと思います。印象的だったのはエンドロールですかね。好きな人と、年を取るまで一緒にいたい所はとても共感できました」


「ふむふむ、なるほど。ありがとう、じゃぁ彼氏さんの方はどうかな? 隣の彼女と一緒にいて、今までで一番良かった出来事とかエピソードとかある?」


 はい! 杏里の彼氏です! ありがとうございます! ここでは否定とかしなくてもいいんだよね? さて、杏里と一緒にいて一番良かったこと。

映画ではすれ違った事もあったけど、最終的には結婚もしたし、その後も幸せな家庭を作っていたと思う。

俺は杏里と一緒にいて何が一番良かった?


 俺はしばらく考え込む。一緒に料理した事、勉強した事、写真を撮ったこと。

買い物に行ったこと、でも一番印象的なのは公園で想いを伝えた事。

でも、今ここではそんな事を話すわけにはいかない。恥ずかしすぎるからな。


「彼女に出会えたこと。この広い世界で彼女に出会えたことが、一番の出来事です」


 ん? 反応が無い。

レポーターもカメラマンの人も微動だにしない。

杏里の方に目を向けても下斜めを向いたまま動いていない。


 あれ? 俺は変な事を言ったのか?


「ま、間違ってました? 変な事言いましたかね?」


「素で言えるあなたは、いい感性をお持ちですね」


 少しだけにやけているカメラマンの男性。

カメラのレンズは杏里に向けられている。

話したのは俺なのに、俺にカメラが向いていないのはなぜだ?


「ありがと。君たちまだ若そうだね。青春してねっ。さ、次いくわよっ」


 レポーターの女性はカメラマンの男性の肩を叩き、そのまま俺達の前から消えて行った。

向かった先は高山と杉本の方だ。


 あ、二人につかまった。

ん? 何か慌ててるぞ? 二人して首を思いっきり横に振っている。

何を聞かれているんだ? それにしても、あの慌てよう、見ていて面白い。


「杏里、あれ見てみろよ。高山が面白いことしてるぞ」


 横を向いて杏里に声をかけたが今一つ反応が悪い。


「私も。私も司君に出会えて良かった。映画の二人とは違って、私達は今一緒にいる。私は幸せだよ」


 そんな杏里の仕草と、少し頬を赤くした表情がすごく可愛い。

無意識に杏里の手を握ってしまった。


「俺も……」


 見つめ合う俺達は、次第に言葉が少なくなっていった。

杏里の事を考えていると、俺は心が温かくなる。

これって、幸せを感じているって事だよな?


「て、天童! 俺と杉本が恋人同士だってー! レポーターの人に言われたー!」


 叫びながら俺達に向かって走ってくる高山はいつもの高山だ。

杉本も高山の後を追うように、早歩きでこっちに向かっている。


 俺と杏里は、そんなテンション高めの高山からジュースを貰い、再び四人で話し始めた。


「私と高山君が恋人同士だなんて……。そ、そんな風に見えるんですかね?」


 顔を赤くしながら杉本は話し始める。


「まぁ、この場所で男女二人だったらほぼ恋人と見えるだろうな」


 今の時間はどこを見ても男女のペアばかり。

だったらしょうがないよね?


「映画の評論については、この後の店で話そうぜ。予約とってるから、時間になったら行くぜ!」


 今日のプランニングは高山先生。

俺達三人は高山先生の話す通り、コースを歩いて行くのだ。


「で、夕飯はどこで、何時からなんだ?」


 ドヤ顔の高山はなぜか俺達に向かって腕を組み、胸を張っている。


「ふふん。着いてからのお楽しみだ! ビビるなよっ!」


 そんなビビるところに予約入れたのか?

まさか牛丼ショップとかじゃないよな?

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