第106話 映画の始まり
薄暗い中、俺達は涼しいシアター内の指定席に座っている。
余裕を持って映画館に着き、試写会のチケットを受付に渡したのち、ドリンク持参で指定席に座っている。
なお、映画館でおなじみのポップコーンは誰も持っていない。
折角の先行試写会。仮に泣けるようなシーンでポップコーンをボリボリ食べていたらひんしゅくを買うだろう。
高山が特大サイズのポップコーンを買おうとした時は女子二人が全力で止めていた。
俺も買おうとしていたことは内緒にしておこう。
「いよいよ始まるね」
俺の左隣に杏里が座っている杏里がこっそりと耳打ちしてきた。右には杉本、その隣に高山が座っている。
受付の時にスタッフが順番にチケットを手渡ししてくれたので、特に席替えもなくその順番のまま座った。
「良かったな、無事に見る事ができそうで」
俺も杏里の方に顔を向け、小さな声で耳打ちした。
「うん、ありがとう。司君と見に来れて嬉しいよ」
―― ビーーーー
シアター内にそして館内はさらに暗くなり、スクリーンには毎度おなじみの映画鑑賞中の注意事項が流れ始めた。
いよいよ始まった、俺も恋愛系の映画は嫌いな方ではない。
いったいどんな映画なのだろうか。少しだけ楽しみである。
初めのシーンは中学校でヒロインが男の子に想いを寄せる所から始まる。
セリフは一言もなく、静かな音楽だけが流れている。
同じ中学校で三年間ずっと女の子は男の子に想いを寄せていたが、卒業まで言葉を交わすことはなかった。
しかし、男の子の方は女の子を三年間知らずに過ごしていた。
高校になり、同じクラスになって初めてお互いに話すようになり、二人の交流が始まる。
そして、高校卒業までの三年間で互いの距離が徐々に近づいていく。
一緒に花火を見に行ったり、文化祭で二人っきりで居残りしたり、体育祭で二人三脚をしたり。
お互いに好きあっている事は認識している。
クラスメイトからもそれは認識され始めており、誰もが二人を見守っていた。
でも、二人は今の関係が壊れる事を恐れ、たった一言『好きです』が言えなくすれ違う日々の繰り返し。
卒業式の日も二人っきりで教室に残っていたが『お互いに頑張ろうね』と言って、別れてしまう。
別れた後は、二人とも相手に気が付かれないように涙を流すシーンは俺も感動してしまった。
ふと、隣の杏里を見てみると、杏里も瞼に涙を浮かべている。
そして、その涙は溢れ頬に一筋の線を描いた。
俺はそっと杏里の頬に自分のハンカチをあてて、涙を拭く。
杏里はそのまま俺の手を取り、自分の膝に手を乗せた。
杏里の目線はスクリーンを見たまま、お互いに一言も言葉を交わしていないが、何となく『ありがとう』と言われた気がした。
そして、逆隣にいる杉本にも目線を送る。
両目から滝のように涙があふれており、自分のハンカチを顔に当て、涙を拭いている。
いや、確かにその気持ちも分かるが、まだクライマックスじゃない。
そこまで涙出るのか? と思いつつ、杉本の奥にいる高山にも目線を送った。
まさか、寝ているとか無いよな?
杉本は背が低いので、高山の顔はうす暗い状況でもしっかりと見える。
高山はしっかりと起きていた。そして、杉本と同じくらいの量で涙を流している。
まさかとは思ったが、高山も感動しているのか?
手には白いハンカチを握りしめ、何度も涙を拭いている。
ここで涙を出していない俺が、場違いな気がしてしまうぞ。
杏里は真剣にスクリーンを見てるが、俺の意思は杏里に握られた手に少し持っていかれている。
杏里にしっかりと握られた俺の手は、杏里のやわらかい膝の上に乗っている。
もしかしたら杏里は無意識なのかもしれないが、俺は少しだけ動揺する。
暗い映画館の中、スクリーンを見ながら別の意味でドキドキしてしまう……。
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