第105話 恋は突然に
「これも可愛いね。どう? 試着してみない?」
「それはちょっと短すぎないかな?」
杏里と杉本が二人で服を選び始めて数十分。
俺達は二人の服選びに付き合っている。
「天童。俺さ、初めて同世代の女子と買い物に来たけど、こんな感じなのかな?」
案の定、同じ店舗内の服を手にとっては戻し、そして他の服を選んでは眺める。
そして、数着選び女子二人はニコニコしながら互いに服を見せ合っている。
「さぁな。女の子の買い物はこんな感じじゃないか?」
「いや、俺の姉貴はもっと短いぞ。手に取ったら即試着して、数秒後にはレジに行く」
少し離れた所で俺と高山は女子二人を眺めている。
店内の半分はメンズ、半分はレディースの衣料品が置いてはあるが、俺達は服を見る気はない。
しょうがないので高山と二人、店内のベンチに座って女子二人を眺めている。
「なぁ、天童。さっきから同じような服を交換してないか?」
「してるな。同じような服を何着も。高山だって似たような服持ってるだろ?」
「確かにシャツとかジーパンとかは似たようなもんだけどさ。でも杉本の手に持っている服は、どう見ても同じに見えないか?」
「きっと細かい作りとか、微妙に違うんだよ」
「そっか。でも、あの服、似合いそうだな……」
小声でぼそぼそ話している高山は女子二人に目線を送りながらも時間を気にしている。
そろそろタイムアップか?
「ねぇ、二人とも。これと、これどっちがいいかな?」
杉本は二着のスカートを手に持っている。
それぞれが流行の色と形をしたスカートだが、一着は短め、もう一着は長めである。
うーん、正直どちらでもいいような気がするな。
「俺は断然こっちだな。杉本に似合いそうだ」
高山の選んだのは、以外にも長い方のスカートだった。
「高山君は長い方が好きなの?」
「いや、長い方が杉本のイメージに合うと思ったからな。きっと杉本に似合うし可愛いと思うぞ」
「そ、そっか……。ちょっと試着してくるね」
少し慌てた感じで試着室に入って行った杉本。
杏里も同じように二着の服を俺達に向かって歩いてくる。
手に持っているのは案の定似たような服。淡い水色のワンピース。
一着はノースリーブでややスカート部が短め。
もう一着は半袖のワンピースで足元までの長さがあるワンピースだ。
「いいか天童。女心は複雑だが鉄則がある」
隣にいた高山が俺に耳打ちしてきた。
「服や髪型、化粧とかは細心の注意を払い褒めろ。そして、服とかアクセは『似合う』とか『可愛いね』と言うんだ」
随分とはっきりしたアドバイス。
どうしてそこまで詳しいんだ?
「褒めればいいのか?」
「あぁ、姉貴は俺に対して絶対に意見を求めてくる。適当な事を言うと機嫌が悪くなるんだ。いいか、ポイントは褒めることだ」
「あのね、どっちがいいと思う?」
俺達の目の前に杏里が服を持ってやってくる。
正直どっちもに合いそうだし、可愛い服だ。
ここで、どっちでもいいとか言ってはいけないんだな。
「そうだな、俺だったらこっちのスカートが長い方がいいな。姫川さんによく似合うと思うよ」
短い方のスカートは膝上までで結構短い。
個人的には短いスカートも好きだけど、杏里にはロングスカートが良く似合うんだよね。
「そっか。高山さんは?」
「俺か? 俺は短い方がいい。これから夏になるし、涼しそうじゃん」
「うーん、どうしようかな……」
「試着してみたら?」
「そうだね、試着してみるね」
杏里も杉本の隣の試着室に入っていく。
そろそろ決まりそうかな?
「なぁ、天童。恋って突然に来るもんかな?」
珍しいな、俺にそんな事を聞いてくるのは。
「どうだろうな。気が付いたら好きになっていたり、一目で恋に落ちることもあるしな。人それぞれじゃないか?」
俺は杏里に恋をした。気が付いたら俺の心の中に杏里がいた。
杏里はいつから俺の事を好きになっていたんだろうか?
「天童は恋しているか?」
その質問に俺は何と答えたらいい?
正直に答えればいいのか? それとも濁した方がいいのか……。
「俺は恋をしている。高山は恋をしているのか?」
「そっか……。俺さ――」
試着室のカーテンが開く。
杉本の試着が終わったようだ。
高山が先に席を立ち、杉本の方に歩いて行き、その後を俺も追う。
「ど、どうかな?」
高山の言うとおり、杉本のイメージにあったスカートだ。
「お、おぅ。似合ってるじゃないか。まるで杉本が着るために作られた様なスカートだな」
そこまでべた褒めするのか? 俺もした方がいいのかな?
「そうだね、杉本さんに良く似合っていると思うよ」
少し頬を赤くしながらもまんざらな顔つきだ。
「こ、これに決めようかな……」
すぐにカーテンが閉じる。
中からは着替える音が聞こえてくるがすぐに隣のカーテンも開いた。
「半袖の方を着てみたんだけど、変じゃないかな?」
杏里の姿を見た瞬間、俺は呆けてしまった。
何回か杏里の私服は見ているが、この服は似合っている。
可愛い、そして杏里に似合っている。
「可愛いよ。すごく似合っている」
素の声で言ってしまった。
我に返り、ちょっと恥ずかしくなる。
「だな。姫川さんに似合っているよ」
「あ、ありがと。これに決めようかな」
杏里もカーテンを閉める。
そして、俺と高山はベンチに戻る。
「二人もとも可愛い服を選ぶんだな」
「そうだな。可愛い子には可愛い服を。俺達はその子達の隣を歩くんだ。それなりの格好しないとな」
高山はスーツの襟を直し、ネクタイを締め直している。
でも、スーツはちょっと違くないか? とも思いつつ、俺は高山の方を見ている。
試着室から二人が出てきて、買わないと思われる方の服を戻しに行った。
そして、手にはそれぞれ一着の服が握られている。
「後で買いに来るから、店員さんに話して取り置きしてもらうね」
そう話した彼女たちは二人笑顔でカウンターに向かって歩いて行った。
確かに今買ったら荷物になるし、その方がいいな。
「よし、そろそろ映画館に向かいますか。いい時間になったぜ」
高山が腕時計を見ながら俺に話しかけてきた。
そろそろ時間だ。買い物で大分時間をつぶせたな。
「お待たせっ。そろそろ行きますか?」
杉本が俺達に聞いてくる。
「あぁ、そろそろ時間だ。行きますか!」
元気な高山は先頭を歩きながらみんなを誘導していく。
今日はすっかり高山任せだな。
そんな高山の隣に杉本が近寄って行った。
「高山君、疲れてない?」
「俺か? 超元気だぜ!」
「良かった。疲れたら遠慮なく言ってね」
笑顔を高山に向けて話している杉本は学校では想像できない位に可愛く、そしてよく話す。
そして俺の隣を歩く杏里は、学校でよくみる杏里のまま。
杏里は俺と二人の時はもっと崩れた話し方だし、ソファーで転がっているんだよな。
杏里はまだ素の自分を出していない。いや、出せないでいるんだ。
「姫川さん、疲れた?」
俺に微笑んでくれる彼女が愛おしい。
「大丈夫ですよ。天童さんは?」
「俺か? 俺も大丈夫だ。今日のメインイベントはこれからだからな!」
「そうですね、楽しみですねっ」
きっと、二人きりだったら手を繋いで映画館に向かうのだろう。
でも今はまだ、手を繋げないし、腕も組めない。
杏里の側に、もっとそばにいたいけど、いることができない。
その気持ちを殺しながら、俺は杏里の隣を歩いているのだ。
心が苦しい……、息が詰まりそうだ。
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