第104話 高山の漢気


 笑顔で杏里にジャケットを渡し、指をボキボキ鳴らしている。

でも、そのハンカチなんか赤いシミが付いてないか?


「さてと。力いっぱい殴ると手が痛いんだよね。ハンカチで自分の拳を保護しておくと、良いんだぜ?」


 ファイティングポーズをとる高山。

相手は少しビビっているように見える。


「て、てめぇ二対一で勝てると思ってんのか?」


 俺はカウントされていないんですね?

それはそれでちょっと寂しい感じが……。


「二対一? 余裕だな。さすがに五対一だと難しいけど、おたくら素人でしょ? はっきり言って余裕っすね」


「ガキが……。後悔すんなよ?」


 相手の男がじりじりと寄ってくる。

逃げられない。ここは迎え撃つしかない!


「あ、ここだと目立つんで、裏路地に行きません? さすがに二対一で負けたらあんたらカッコ悪いっしょ?」


 随分余裕があるんだな。高山もしかして、本当に強いのか?

信じてもいいんですか?


「い、いだろう。テメーがくたばる所は裏路地のゴミ捨て場にしてやんよ!」


 すっかり怒っている男二人。

もともとは俺と杉本がその火種だ。


 高山を先頭に、表通りを数分歩く。

男二人は大人しく高山の後ろを歩いている。

不意に高山が俺に目線を送ってきた。何だ? 俺に何か言いたいのか?


 ん? もしかして、そう言う事か?

俺は杏里に小声で耳打ちし、高山からのメッセージを伝えた。

杏里と杉本は男二人から距離を取り、そのままこっそりと人ごみに消えていく。


 うまくやってくれよ……。


 歩くこと数分。裏路地についてしまった。

目の前には高山と男二人。そして、眺めている俺。

完全にわき役だな俺は。


「さて、ここなら人の邪魔にならない。お二人さん、準備はいいですか?」


「こっちはいつでもいいぜ。ほら、かかってこいよぉ!」


「あ、ちょっと待って。ハンカチ巻き直すから」


 緊張感のない高山。しかし、その顔には余裕が見られる。


「良し、これでいいかな? 最後に確認するけど、病院送りにしてもいいよね?」


 やだ、高山君かっこいい。おまえそんなに自信あるんだな。

すとる男二人はなにやらこっそりと話しだした。


「な、なぁ、なんかやばくないか?」


「だ、大丈夫だろ? 相手は一人だぜ? 二人で行けば大丈夫だって」


「で、でもあいつ余裕そうに見えるし、それに拳法つかうんだぜ?」


 完全にビビっているな。

さっきまでの威勢が無くなってきている。


 お、遠目に杏里と杉本が見えてきた。

どうやら間に合ったらしい。


「おまわりさーん! こっちです! こっちで喧嘩してます!」


「よし、天童は姫川さんな。俺は杉本さんで。そらっ、逃げるぞ!」


 後ろを向いている男二人は隙だらけ。

俺と高山は二人にタックルをして、そのまま杏里と杉本に向かって走り出した。


 そして、高山は倒れ込んだ二人の写真を取り、最後に捨て台詞を言い放つ。


「二人ともカッコわるいわー。もし、今後ちょっかい出したらこの写真ネットに公開するぜ。中学生にやられましたってコメント付きで」


「なっ! おまえ、それは!」


「もちろん場所と時間も入れるから特定しやすいだろうな! では、おたっしゃでー」


 がっくりと肩を落としている男二人。

見た感じ、もうちょっかいは出してこない気がする。

そして、俺は杏里の手を、高山は杉本の手を握って男二人から逃げるように走り去っていった。


 アーケードの人混みをかき分け、走り抜ける事数分。

恐らくあいつらはもう追いかけてこないだろう。


「なぁ天童! こうしているとなんか青春! って感じしないか?」


 俺達はそれぞれ女の子の手を握って走っている。

杏里も杉本も俺達に手を引かれるまま走っている。


「そうだな、俺達青春しているな!」


 横目で杏里を見るとなぜか笑顔になっている。

ついさっきまでの状況を考えると少し怖い所だが、なぜか俺も笑ってしまっている。


「今、楽しいか?」


 杏里の手を握りながら話しかける。


「楽しいよ。司君と、彩音と高山さんと。みんなでいるのが楽しい!」


 高山は少し走ったのち、目に入ったファーストフード店に入った。


「いやー、まいったまいった。何でこんな目に合うのかね?」


 高山が炭酸を飲みながら話し始める。


「すまん、俺がもともと悪かったんだ」


 俺は杏里と高山に、なぜ俺が追い回されていたのかを簡単に説明した。


「そんな事があったのね。それでは、仕方がないかしら……」


「ま、結果オーライだろ。みんな無事で良かったぜ」


 しかし、今回ほど高山を心強いと思った事はないぞ。


「つか、高山強いんだな。まったく知らなかったよ」


「いや、多分めっちゃ弱いよ。空手とかもしたこと無いし」


「はい? え、だってさっき『幼少の頃より――』とか言っていなかったけ?」


「ん? 嘘に決まってるだろ? 時間かせいで、隙を見て警察に駆け込むか、逃げるか考えてた」


「高山君、出来れば危ない事してほしくないな……」


 杉本が心配そうに高山の事を見ている。

杏里も少し不安な表情だ。


「大丈夫だって。写真も撮ったし、第一俺は平和主義者なんだ。それに喧嘩とか嫌いだし」


 軽く笑っている高山を横目に、ここに居る全員が高山を心配している。


「次からは気を付けてくださいねっ!」


 杉本は再び高山を叱りつけている。


「わかったよ、悪かったよ。それより早く服見に行こうぜ。映画に遅れちゃうからな」


 元気に席を立つ高山。

何だかんだ言って、高山のペースに巻き込まれつつあるな。

ムードメーカーってこんな感じの奴の事を言うのだろう。


 店を出て、高山が俺に耳打ちしてきた。


「て、天童。俺、めっちゃびびったわー。超怖かった」


「でも高山のおかげでみんな助かったんだ。感謝してるよ」


「おう、俺達は仲間だぜ! 俺だってやる時はやるのさ!」


 俺も高山のように、みんなを、杏里を守れる男になれるのだろうか?

いや、ならなければならない。絶対に……。

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