第100話 隠れ美少女


 俺は今、一人で水時計前に立っている。

まだ、待ち合わせには一時間前位余裕がある。


 杏里とお昼ご飯を一緒に食べてから、少しアーケードを見て回ったが、先に俺が一人で待ち合わせ場所に行くことを告げて、途中で別れた。

一緒に待ち合わせ場所に行くよりも、男として早く待ち合わせ場所に行っていたいと言う俺のわがままだ。


『ごめん、待った?』

『いや、今来たところだ』

『良かった、じゃぁ、行きましょうか?』


 とか、何とも微笑ましい光景ではないですか。

しかし、一人で待つもの暇ですね。


 不意に目に入った一人の女の子。さっきからずっとこっちを見ている。

髪をアップにして清楚な感じの可愛い女の子だ。

目がパッチリとしており、可愛いショルダーバッグをコーデしている。

彼氏との待ち合わせなのだろうか? 俺が来る前からずっと立ちっぱなしでそこにいたようだ。


 俺に気があるのか? だが、俺には杏里がいる。申し訳ないが、他を当たってほしいものだ。

と、少しうぬぼれてみる。


 しかし、その清楚さからは想像できないようなスタイルが。

見事に胸が強調されている。本人は隠したいのか分からないが、羽織を一枚身に着けていても、そのスタイルは筒抜けだ。

多分、杏里よりも大きいかもしれない。


 凝視するわけにもいかないので、スマホを片手にネットサーフィンして時間をつぶす。

しかししばらくたつと彼女へ絡んでくる二人の男の声が俺の耳に入ってきた。


「いいじゃん! どうせ時間あるんでしょ?」


「そうそう、俺達と一緒にゲーセンとかでパンパンしない?」


「困ります。私は人と待ち合わせしているので――」


「大丈夫だって! そいつはきっとまだ来ないからさ!」


「ほら、すぐそこに楽しそうな所があるじゃん!」


 男の目線の先はホテル街。いまどきこんなナンパしかできないのか。

でも、まぁ俺には関係のない事だし、誰かが何とかするだろう。


「本当に困ります!」


 彼女はなぜか俺に目線を送ってくる。

何ですか? 俺に助けろと?


 見た感じ体格の良い男性二名。それに対して、格闘経験がない俺。

戦闘になったら確実に負けるだろう。俺は負ける戦はしない主義なんだ。

すまんな。


「ほら、いこうぜ!」


 男が彼女の腕を無理矢理掴みかかろうとした時、彼女は俺に向かって走り出した。

ちょっと、待ってくれ。まさか俺の所には来ないよな?


 そして、彼女は俺の腕を取りそのまま俺の陰に隠れてしまった。

待てーい。俺はこの後予定があるんだ。巻き込まれるのは勘弁してほしい。


「っち、お前なにしてるん? 俺達の邪魔するのか?」


 いえいえ、めっそうもございません。


「いや、俺は特に何も」


 正直こいつらのやっている事には賛同できない。

が、面と向かって怒りをこちらに向けられてしまうと、多少足はすくんでしまう。


「じゃ、そこどけよ。俺達はいま取り込み中だ」


 後ろに隠れている彼女に目線を送る。

ん? 何だこの違和感。俺は彼女を知っている?


「悪い。俺はこいつの待ち合わせ相手なんだ。引き取ってくれ」


 途端に態度を変えたのが、彼らの怒りを買ったのだろう。

突然胸ぐらをつかまれ、首を絞められた。


「てめぇ、調子に乗ってんじゃねーぞ!」


 俺はとっさに掴まれていた場所を思いっきり腕で払いのけた。


「あーっ! おまわりさーん!」


 大声で叫び、手を大きく振って、奴らの視線を向こうに向ける。

彼らはすぐに俺の向いている方へ目線を動かし、俺達から注意がそれた。

そして次の瞬間、俺は彼女の手を取って走り出した。

呆けにとられている男二名も、数秒後には俺達の後を追いかけ、こっちに向かって走り出した。


 はい。そんな都合よくお巡りさんなんかいませんね。

彼女の手を握りながらアーケードを走り抜けていった。

まずいな、追いつかれるのも時間の問題だ。


「ところで杉本さん。そんな格好だと誰だか分からなかったぞ」


「ご、ごめん。ちょっと早く来ちゃって……」


 早いと言っても一時間。早過ぎだろう。


「しかしその格好。いつもと大分イメージが違うな」


 いつもはおさげにメガネ。校則通りの格好で地味っぽさ満点。

だが、今はメガネなしの清楚系。しかも見た目も可愛く、周りの目線を集めるだろう。


「そうなんです。学校では校則通りの格好していますが、普段着で街に来るといつも誰かに声をかけられてしまうので……」

 

 今の格好で学校に来たら周囲からの評価が変わるだろう。

きっと誰から見ても可愛い女の子に見えてしまう。例えるなら隠れ美少女だな。


 アーケードを二人で駆け抜け、後ろを振り返る。

まだ追いかけてくる。めんどくさいな。


「杉本さん、ちょっと急ぐよ」


 杉本の手を取り、アーケードの奥の方にあるゲームセンターに入る。

そして、二人が隠れても平気そうな大型ゲーム機にその身をひそめることにした。


「ごめんね、巻き込んじゃって」


「いや、俺の方こそごめん。もっと早く気が付けばよかった」


 俺は一度からまれているのを見放した。

これは俺が招いたミスでもある。ごめんな杉本。

密室に二人で隠れて、時間がたつのをしばらく待つ。

早くあいつらがいなくなればいいんだけど……。


「ふぅ、しばらくは大丈夫かな」


「時間大丈夫かな?」


 待ち合わせの時間にはまだ余裕がある。

しばらくは大丈夫だろう。


「まだ時間はあるし、しばらくここに居るか。何だったら、このゲームでもするか?」


 いつでも逃げられるようにしたいところだけど、ゲームが稼働していない機械に入っていると怪しまれるかもしれない。

万が一覗かれてしまったら、その場からすぐにまた逃げればいいか、とも思った。


「随分余裕がありますね……」


「いんや、まったくないな。ドキドキしている」


 二対一だったら確実に負けるだろう。

早く時間になり、待ち合わせ場所に行きたいのが本音だ。


「わ、私もドキドキしてます……。男の子に手を握られて走ったの、生れて初めて……」


 そんな彼女の手をまだ握っていた俺は、慌てて手を離したのは言うまでもない。

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