第99話 白猫と黒猫
ゲームセンターから出た俺達は、アーケード街に移動し雑貨店に来ている。
以前、杏里と一緒に来たことのある女の子向けの雑貨店だ。
右を見ても左を見ても可愛い雑貨が並んでいる。
俺一人だったら絶対に入る事の出来ない店の雰囲気があるが、杏里と一緒ならまだいけそうだ。
しかし、杏里は前回同様。手に取った雑貨を眺めては戻し、他に移動しては手に取りまた眺める。
これで三往復目だ。優柔不断なのか、それとも女の子はもともとこんな感じなのか。
男にはなかなか分からない心情だ。
「司君。これと、これどっちがいいですかね?」
杏里の手には黒の猫型キーホルダーと白の猫型キーホルダー。
スマホのイヤフォンジャックに付けるアクセサリーだ。
正直なところ、見た感じどっちでもいい。確かに可愛いんだけどな。
「んー、個人的には黒かな。でも、杏里のスマホは白いから、つけるんだったら白い方が可愛いんじゃないか?」
白で合わせるか、白黒でモノクロにするか。
この場合は、どっちでも合いそうな気がする。
「うーん、白ですか……」
まだ悩んでいる杏里。二つのキーホルダーを手に取り、真剣な眼差しで猫を見ている。
「どっちも欲しいのか?」
「え? うーん……。欲しいけど、一つしかつけられないし、どっちも可愛いし」
だったらこの場合の選択肢は一つ。
「杏里はどっちが欲しいんだ?」
「私はどちらかと言うと、白い方がいいかなって」
俺は杏里の手から二つのキーホルダーを奪い、そのまま会計レジに進む。
そして、そのまま会計を済ませ、白のキーホルダーを杏里に渡す。
「ほら、白猫。黒猫は俺が着けるから、見たくなったら言ってくれ」
杏里の手に白猫が、俺の手に黒猫が。
店を出て近くのベンチに二人で座り、互いにスマホに取り付けてみる。
「いいのですか? 買ってもらっちゃって」
「キーホルダーくらいいだろ。ほら、お揃い」
俺と杏里のスマホには互いに色違いの猫が。
普段は誰に見せる訳でもなく、ポケットやバッグに入れているから他の奴に見られることはほぼない。
「司君と、お揃いですね。ふふっ、何だか嬉しいですね」
「そうか? 俺は杏里と一緒に過ごせる時間の方が嬉しいけどな」
と、ちょっと気取って言ってみたら杏里の動きが止まってしまった。
あれ? 変なこと言ったかな?
「わ、私も司君と一緒に過ごせる時間が、嬉しいです……」
俺達は間違いなく、互いに想い合っている。
そんな杏里の気持ちも、俺の気持ちも間違っていない。
この先、きっと俺達はずっと一緒に……。
「そっか。俺達、この先もずっとこんな感じで上手くやっていけるかな?」
杏里の手が俺の手にふれ、そのまま俺の方を見つめてくる。
「大丈夫ですよ。何があっても、きっと私達は乗り越えていけると思います」
杏里の眼差しが熱い。本気でそう思っているに違いない。
でも、想いだけでは越えられない壁がきっとあるはず。
そんな壁に当たるまで、俺達は互いの事をもっと知って行かなければならない。
時計を見ると、そろそろ昼の時間になりそうだ。
お昼はどうしようかな。高山と杉本はきっと昼を食べてから待ち合わせ場所に来るはず。
何か、腹には入れておいた方が無難だろう。
俺は杏里の手を取り、立ち上がる。
俺達の関係は始まったばかり、これからもっとお互いを知って行こう。
俺はまだ杏里の事を、杏里の全てを知っているわけではない。
そして、同じ様に俺の事も杏里は全てを知らない。
俺達はもっと時間をかけ、互いの事を知っていかなければならないのだ。
「そろそろ昼になるし、何か食べないか?」
「今日のおすすめはありますか?」
杏里と腕を組み、街を歩き始める。
「そうだな、ラーメンだったらラーメン闘技場があるな。あそこだったら十数店があるから選択に困らないと思う」
この街にはラーメン闘技場と言うラーメン専門店が集まった建物がある。
そのすべてのラーメン店がランキングされ、入り口に公開されている。
スマホで調べてみたら今月の一位は『天下絶品ラーメン』ドロっとしたこってり系のラーメン店だ。
二位は『太郎系がっちり麺』これでもか! と言う位の野菜タワーがラーメンの上に乗っている。
スマホの画面を杏里に見せる。
しかし、杏里の反応は思ったより良くない。もしかしてラーメン嫌いなのかな?
「えっと、ラーメンは好きですけど、今日はちょっと……」
「ん? 結構ここのラーメンうまいんだけど、嫌か?」
珍しく杏里が渋っている。
いつもだったら『良いですねー! 行きましょう!』とか言って、ノリノリなのに。
どうしたんだろう?
「えっと、今日は初デートで、この後みんなで恋愛映画を見に行きますよね?」
「そうだな。高山達と待ち合わせしてみんなで見に行くな」
「そこで、このラーメン食べたら、えっと、匂いとかが……」
なるほど。確かに一理ありますね。
これから感動ラブストーリーを見に行くのに、ニンニクの匂いをプンプンさせたり、脂っこい香りを漂わせたらいけないな。
うーん、こんな所はやっぱり俺には分からなかった。
「確かに。ごめん、そこまで考えていなかった」
素直に謝ってみた。
「いえいえ、この後何もなければラーメンでもいいんですけど、今日はちょっと」
「だったら、パン食べ放題で上手いスープとサラダを出す店がある」
杏里の目が輝きだした。
お、これは高反応ですね。
「そこにしましょう。司君は良い店を知っているんですね」
「まぁな。杏里の為に調べておいたのさ」
少し、遠い目をして杏里に答えてみた。が、嘘です。
以前、高山に『こんな店もあるけどどう思う?』と聞かれたからたまたま知っていただけです。
高山から聞いた後に自分で調べたが、思ったより良い店だった。
「……。嘘っぽいですね。司君はすぐに表情に出ます。でも、まぁいいですよ。おいしかったら許します」
笑顔で俺の顔を覗き込む杏里。
その仕草に俺の心は奪われながら、ちょっとだけドキッとする。
学校でも、自宅でも見ない今日の服装。
そして、その仕草や俺に向けてくる視線。
その全てが愛(いと)おしいと思う。俺はずっと、杏里と一緒にいることができるのだろうか?
「おいしくなかったら正直に白状するよ。俺も行ったことのない店だからな」
杏里と腕を組みながら、スマホ片手に店を目指す。
俺のスマホには新しい猫のキーホルダーが付いている。
杏里とお揃いの色違い。
キーホルダーが揺れる中、二人で並んで歩いて行く。
俺達の心はこのキーホルダーのように、揺れてしまう事はあるのだろうか?
それとも、すっと揺らぐことなく一緒にいることができるのだろうか……。
「司君! あそこのクレープおいしそうじゃないですか?」
「あぁ、あそこのクレープはでっかいイチゴが有名だからな」
俺の腕から杏里が離れ、クレープショップに真っ直ぐ向かって走り出した。
しょうがないな。杏里はイチゴが好きだからな。
杏里が離れて行ったら、俺が全力で追いかけよう。
杏里に追いつきその腕を握る。
「杏里。今から昼ごはん食べるんだろ?」
「甘いものは別腹ですよ! 司君もマロンクレープ食べますよね?」
俺の回答を待たず、杏里はクレープを注文する。
両手にクレープを持った彼女の姿は、俺の心を奪っていく。
杏里、君はずっと俺の側に居てくれるのか?
突然いなくなったりしないよな?
笑顔で俺にクレープを渡す杏里。
その笑顔を俺は失いたくない。
「はいっ。後で味見させてくださいね」
杏里と再び並んで歩き始めた。
互いの手には互いの好きなクレープが。
デートって、楽しいもんなんだな。
こんな時間がずっと続けばいいのに……。
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