第98話 二人の記念写真


「中は随分明るいですね」


 先にカーテンの中へ入った杏里が中を見渡している。

俺もこの機械自体初めてだし、中をまじまじと見渡してしまった。


「司君は撮ったことないのですか?」


 正直なところ両親としか撮ったことがない。

中学を卒業した時に記念だと言われ母さんに無理やりこんな機械に押し込まれた記憶は新しい。


 その時の写真は家の引き出しに入ったままだが、父さんの引きつった顔が何気に面白い。

しかし、随分と凝ったつくりになっているんだな。


「あるぞ。昔撮ったことがある、初心者ではない」


 と、強がってみた。


「そうなんですね。では、さっそく撮ってみましょう」


 自分の服を直し始め、手鏡を準備し髪を直し始めた。

別にそこまでしなくてもいいと思うんだけどな。


 不意に杏里の手が俺の髪をなではじめた。


「司君。ちょっと」


 背伸びをして俺の髪をいじり、その後は俺を全体的に見渡しながら服の乱れを直し始めた。


「そこまでしなくていいんじゃないか?」


「そんな事無いですよ。この写真が付き合って初めての写真になると思ったら……」


 そんな事をされながら、いよいよ写真を撮る準備ができた。

コインを機械に入れるとアナウンスが流れる。


『モードを選んでね』


 画面には家族モード、友達モード、親友モード、仲間モード、恋人モードなど色々と選択肢がある。

この場合はやっぱり恋人なのかな? と考えていたら、杏里がためらいもなく恋人モードを選択した。


 そして、次々に現れる選択肢を全て杏里が選択し、俺の指は最後まで動く事はなかった。


「杏里、随分慣れてないか?」


「そうですか? でも、わかりきった選択肢しか出てないので、考える必要はなかったと思いますよ?」


 さようでございますか。グダグダしているのは俺だけなようですね。


『一枚目撮影するよ! いいかなー』


 アナウンスの声は異様に明るい。


『それじゃ、まずは腕を組んでねー』


 アナウンスの言われるがまま、俺は杏里と腕を組んだ。

何だか恥ずかしい。言われるままに動いてはいるが、やっぱり恥ずかしいな。

若干俺の腕に当たってくる柔らかい何かは、男らしくスルーしよう。


 横目で杏里を見ると、少し照れているのがわかる。

でも、その表情は穏やかで、微笑ましい。その隣に俺が立っている。

画面には腕を組んだ俺達が映っている。


――パシャ


『二枚目取りますよー。今度は二人でハグしてね! 照れちゃだめだよー』


 この機械グイグイ来ますね。巷の恋人同士はこれで恥ずかしくないのか?

大人も利用するから、これが普通なのか? それとも俺だけ恥ずかしいと思っているのか?


 俺は両腕を広げ、杏里を迎えいれようとすると、モジモジしながら杏里は俺の胸に飛び込んできた。

互いに抱きしめ合う形には合っているが、これって写真に残るんですよね?

記録されたデータとか、削除してくれるのかな?


――パシャ


 あかん。これ以上はできません。恥ずかしすぎる。

杏里もすっかり赤くなってしまった。きっと俺も赤くなっているだろう。


『次が最後だよー。二人でキスしちゃう?』


 無理っす。さすがにこんな所でできないです。

ハードルが高すぎます。


「杏里、どうする?」


 さすがに杏里もこればっかりは拒否するだろう。

と、杏里の方を見てみると、すでに俺の方を向きながら目を閉じている。

え? いやいや、さすがにそれはないでしょ?


「杏里、無理してないか?」


 目を空けた杏里は俺に小さな声で話しかけてくる。


「今日さ、食事の後多分私たちの事二人に話すでしょ?」


 確かに、今日全てが終わったら俺達の事を話す予定で、杏里にもその事は伝えている。


「もしね、それが原因で今までの関係が壊れるかもしれない。そしたら、司君と一緒に楽しいことしても、どこかで引っかかってしまう気がするの。だから、今は、司君と一緒の時間を精一杯楽しみたい」


「杏里……」


『準備はできたかなー 撮るよー』 


――パシャ


 しばらくすると、文字やスタンプなど写真を加工できる画面に切り替わった。

ここでも杏里は全力で色々と書き込みをしている。


 三回目に撮られた写真には何も書き込んでいない。

書き込んでいるのは一枚目と二枚目だけだ。

タイムオーバーで画面が切り替わり、杏里は満足げにやりきった顔つきになっている。


「写真に書き込みができるのは楽しいですね。司君は書かなくて良かったんですか?」


「ん? 俺か? 俺は杏里が書き込んでいる姿を見ている方が良かったからな」


「そ、そうですか……。そんなに楽しかったですか?」


「あぁ、楽しかったぞ。まるでお絵かきが大好きな子供の様に目が輝いていた」


「恥ずかしいですね。今度は一緒に書いてくださいね」


「今度な、今度」


 そんな話をしていると側面から写真が印刷されてきた。

プリントされた写真には今日の日付や『祝! 初デート』の文字。それにハートマークなどが書き込まれている。

全体的にピンクっぽく、可愛く作られてしまった。


 しかし、三枚目の写真には何も書き込みが無い。

写真は杏里が背伸びをして、俺の頬を両手でつかみながら口づけをしている写真。

立場的には男女逆なんじゃないかと思うが、見ていると恥ずかしくなってくる。


 きょどっている俺の顔は誰にも見せられないだろう。

出来れば記憶と、この写真を抹消したい位だ。


「良い記念になりましたね」


「あぁ、良い記念写真だから部屋の宝物入れに入れて、大切に永久保管させてもらうよ」


「そうですね。宝物ですね。私は無くさないように手帳にしっかりとはさんでおきますね!」


 やめて下さい! 封印して! お願いします!


「あのさ、杏里。何か随分と積極的と言うか、無理してないか?」


 俺の手を取りながら杏里はゲームセンターの外に向かって歩き出した。


「今を楽しまないと。私たちの今はこの瞬間しかない。ほら、司君も。少し恥ずかしくても、モヤモヤしていても、一緒に今を、この時間を大切にしていこうよ!」


 確かに恥ずかしいし、どうしたらいいか迷う時も多い。

でも、今この瞬間はその瞬間しかない。今を楽しむ。悪い事ではない。

先の事を考えながら、今を楽しむ。そんな杏里の考えに同調しながら、俺の手は杏里に引っ張られ、アーケードの方に向かって連れて行かれ始めた。


「ゲームセンターは楽しかったですね! 次は、雑貨屋に行きましょう! ねぇ、司君は今が楽しい?」


「あぁ、人生の中で今が一番充実して、杏里のいる今が一番楽しい!」


 杏里の手を握り返し、杏里も俺の手を握ってくる。

俺達の関係は始まったばかり。今日を楽しみ、明日につなげる。


 何も考えていない訳ではない。

でも今は、この時間を大切にしたいと思う俺の気持ちに間違いはない。

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