第96話 初めてのデートに向けて


「司君。起きて、朝だよっ!」


 まだ眠い。布団の中でゴソゴソしていると杏里が俺の布団を引っぺがした。

寝ぼけながら重い瞼を開けると、カーテンが全快にされ、まぶしい光が部屋の中に入ってくる。


 そして、日の光を浴びながら俺の布団をはがす女神。

満面の笑みで俺の枕までずらし始めた。起こしてくれるのはありがたいが、もっと優しくしてほしいものです。


「もぅ、朝か……」


 杏里は白いエプロンをつけ、髪をポニーテールにしている。

開いた扉の奥から今日も味噌汁のいい匂いが漂ってくる。


「早く起きてよっ。今日は映画に行く日でしょ」


 そう、今日はみんなで映画を見に行く日だ。

午後に待ち合わせをしているので、午前中から出かけ、お昼を杏里と一緒に食べてから、待ち合わせ場所に行くことにしている。

もし、誰かに見つかっても今日は言い訳ができるからな。


 しかし、昨日は深夜遅くまで杏里に付き合い服を選んでいた。

こっちでいいかと思えば、次にはこれ。そして、バッグやシューズ、アクセに至るまで付き合わされた。

いやね、杏里の一人ファッションショーを独占しているのはいい。


 見る服見る服確かに可愛いし、なかなかグッとくる服も合った。

でもね、長いんですよ。決まった! と思っても、なぜか次の服が出てくる。

女の子はこんなものなのかなと思いつつ、結局深夜遅くまで付き合ってしまった。


「杏里、もう少し優しく起こしてほしい……」


 突然布団をはがされると、心臓に悪い。

もう少しゆっくりと起こしてほしいものです。


「優しく、ですか……」


 杏里はベッドに寝ている俺の隣に座り、その白い手を俺の頬に乗せた。


「司君、朝だよ」


 そして、頬に杏里の柔らかい唇が触れる。


「朝から、恥ずかしい事させるね……」


 そう言い放った杏里は、そそくさと部屋を出て行ってしまった。

優しくとは言ったが、そこまでしてほしいとは言っていない。


 でも、そんな事をされると俺も朝から元気になってしまう!

よし、起きるか!


 ジャージのまま洗面所に行き顔を洗う。

そして台所に行き、出そろっている朝ごはんを眺める。


 今朝はご飯に味噌汁、鮭に味ノリ。そして、目玉焼き。


「杏里、随分料理ができるようになってないか?」


 エプロンをつけたまま、杏里はお新香を準備している。


「司君のお義母さん、お料理うまいし、教えるのもすごくうまいのね」


 以前見た目玉焼きはそれは今までに見た事が無い目玉焼きになっていた。

だが、今日の目玉焼きはどうだ? 普通だ。

丸い。丸くなった白身の中央付近に黄身が丸くなっている。


 すっかりと朝ごはんの準備を任せてしまった。

寝坊した俺が悪いな。


「まかせっきりで悪いな」


「そんな事無いよ。司君の為に作って、一緒に食べたかったの」


 エプロンを外し、俺の正面に座る杏里。

朝からご機嫌な杏里は、終始笑顔のままだ。


「おいしそうだな」


「頑張りました。さ、早く食べて出かけましょ」


 和やかなムードで朝食が進む。

テストも終わった。映画も今日みんなで見に行く。

そして、みんなで夕食を……。


 そこまでは平和な時間が流れるだろう。

昨夜高山から来たメッセでは服装はカジュアルフォーマルが良いらしい。

俺達よりも少し上の年代にチケットが当たっているらしく、変な服装ではいかない方がいいと。


 そして、気になっていた杉本も親に相談したようで、杏里が一緒に行くことを条件に許可されたらしい。きっと、杉本の親は男と二人で夜出かけるのは反対だったのだろうか。


「司君は今日、どこか行きたいところありますか?」


 待ち合わせの時間まではフリータイムだ。

どこにっても何をしても問題はない。


「んー、特に考えていないんだけど。杏里はどこか行きたいところあるか?」


 少し考え込んでいる杏里。

買い物もいいけど、荷物になるしな。


「ゲ、ゲームセンター……」


「ゲーセン? 杏里はゲーセンに行きたいのか?」


 無言で頷く杏里。

その表情を見ると、少し恥ずかしいようだ。


「何度も目の前は通過したことはあるんだけど、入ったことがまだ無くて。ダメかな?」


「いや、いいんじゃないか? あまり長い時間は入れないと思うけど」


「ありがとう。司君とゲームセンターか、何かワクワクするね」


 杏里と初めてのデート。

ちゃんとしたデートの行き先がゲーセン。


 ゲーセンには慣れているけど、二人で行ったら何をすればいいんだ?

俺は基本ソロプレーヤーだぞ? 二人プレイのゲームでもすればいいのかな。



――


 玄関に俺と杏里は互いに向き合って立っている。

なぜか俺の服装チェックを杏里がしているのだ。


 しかも、髪型も杏里に何かされているし、何より俺が選んだ服が全て却下されてしまった。

非常に悔しいですが、しょうがない。もともと俺は服のセンスはないに等しい。


 ついさっきまで俺の部屋で杏里が俺のタンスを漁っていた。

まさかここまで服をひっくり返されるとは思わなかった。


 終いには『昨夜は何をしていたんですか? 服くらいちゃんと選んでおいてください!』と、怒られた。

いや、俺は杏里につき合わされて、ナデシコファッションショーを見ていたんですが?


 女心は分からないです。


 そんな朝の貴重な時間を消費し、俺の服や身だしなみが決まった。

お手数おかけしました。杏里さん、すまないねぇ。


「司君。今日は時間が無いので行きませんが、今度一緒に服を買いに行きましょう」


 やや強気の声で俺に話しかけてくる。

最近服は買っていないし、少しくらいなら増やしてもいいかな。


「そうだな、一緒に行こうか」


 そんな話を玄関でしながら、俺達は駅に向かって歩き始めた。

初めてのデート。俺達は初めて腕を組みながら歩いている。


 ドキドキもする。つい、横目で杏里を見てしまう。

今日の杏里はいつもと違って、私服だ。すごく似合っている。

俺の隣を歩いていても、その美しさは誰かの目を引いてしまうだろう。


 そんな隣にいる俺は、どんな風に見られているのだろうか。

杏里にふさわしい、男に見えるのだろうか。

もし、見えていないのであれば、精進しなければ。


「司君、どこ見てるの?」


 横目で杏里を見ていたが、目が合ってしまった。


「杏里の笑顔を見ていた。これからも杏里の笑顔を、俺はずっと見ていくよ」


 頬を赤くしながら杏里は、俺の目を真っ直ぐに見て答えてくれる。


「ありがとう。私も司君が笑顔になれるように、ずっと隣を歩いて行くね」


 俺達は今、幸せな時間を過ごしている。

この時間が永遠となるのか、消えてなくなるのか。


 そのすべては俺達次第。幸せは、自分たちの手でつかまなければ。

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