第91話 寄り道
今日も無事に勉強会を終え、杉本を一人残し俺達三人は昇降口に向かっている。
先頭を歩く高山が珍しく無言で歩き続けているが、不意に振り返り、俺達に向かって話し始めた。
「なぁ、いつも杉本さんばっかり残してなんか悪い気がしないか?」
すっかり元気になった高山は杉本の事を心配している。
図書室で杉本と別れる時も何だか寂しそうな表情をしていた気がするな。
「では、高山さんが彩音を送って行ったらいいのでは? そんなに遅くはならないと思うし、昇降口で待っていれば彩音も来ると思うけど」
杏里は高山にそんな提案をしてきた。
確かにさっきまで四人で行動していたのに、三人だけ先に帰るのもなんか悪い気がするのは確かだ。
「高山どうする?」
「んー、どうすっかな。俺一人で待ってたらストーカーとか言われないかな?」
杉本に予め話をしているわけではない。もしかしたらストーカー呼ばわりされる可能性もある。
特に高山は杉本に対して目線が最近怪しい。間違いなく見ているはず。
「大丈夫よ。彩音はそんな事思っていないわ。では、私と天童さんは先に帰りますね」
俺の意見は何も話せなかった。杏里はこういう時にグイグイ来るな。自分の意見をしっかりと伝える事ができる、なかなかいい事じゃないか。
別に三人で待っていてもいいんじゃないか? とも思ったが、その発言は控えておこう。
「天童さん、行きましょう」
杏里は高山に軽く会釈をし、そのまま靴を履き替え早々に正門に向かって歩き始めてしまった。
俺もおいて行かれないように靴を履き替え、杏里を追う。
「じゃぁな。高山、狼になるなよ?」
「その言葉そっくり返すわ」
互いにニヤついて俺達は別れた。
少し前の方を歩いている杏里に追いつき、隣に立って一緒に歩き始めた。
そう言えば二人きりで校内を歩いて帰るのは初めてかもしれない。
まだ学校には生徒が残っている。俺は手を繋ぎたい気持ちを押し殺し、隣を歩く。
「司君」
杏里が前を見ながら俺に話しかけてくる。
いつもだったら俺の目を覗き込むように話してくれるのだが、周りに気を使っているのだろう。
俺も杏里に合わせて正面を見ながら返事をする。
「なんだ?」
「本当はね、学校帰りも手を繋いで帰りたいなって。私は、もっと司君に寄り添っていたい」
横目で杏里の表情を見ると、少し寂しそうな表情。
でも、少し照れながら話している杏里は、夕日の赤みを帯び、その照れている表情が可愛いと感じる。
こんな可愛い杏里が俺と付き合っているなんて、正直信じられない。
だが、これは現実であり、真実でもある。夢ではない。
別に言いふらしたいとか、自慢したいとかではない。
二人の時間をただ、大切に過ごしていきたいだけなんだ。
「俺も同じ気持ちだよ。俺も杏里の側にいたい」
こんな状況を他の奴が見たらどう感じるのか。
きっと杏里に想いを寄せている男は沢山いる。
俺はその全てを敵に回してでも杏里と一緒にいることを選択した。
杏里を守る事も大切だが、自分の身も守らなければ。
学校の正門を通り抜ける時、ふと門の所に誰かがいるのが目に入った。
こっちを横目で見ながら、特に寄ってくるわけでも、話しかけてくるわけでもない。
特に気にしないで、その人物の隣を通り抜けようとする。
段々と近づいてくるその人影が、次第にはっきりとしてきた。その人物は今日、保健室で声をかけられた、あの女生徒だった。
俺は杏里と二人で彼女の前を通り、そのまま通り過ぎる。
あいつ、こんな所に一人でいるのか? 一体何をしていたんだ?
気にしないでそのまま歩いていくと、彼女は俺と杏里の後姿をずっと見ている。
誰かと待ち合わせだったのかな?
少し気にしながらも、俺は杏里とたわいもない話をしながら、駅を目指し歩き始めた。
数十分。俺と杏里は歩き続けたが、つけられている気配はない。
恐らく誰かと待ち合わせだったのだろう。
「杏里。ちょっと寄り道していいか? 少し買い物したいんだ」
駅に向かう道とは異なる道に目線を送る。
「買い物ですか? そんなに遅くならなければいいですよ。お付き合いしますね」
「悪いな」
「そんな事無いですよ。これもデートですデート」
笑顔で俺に答えてくれる杏里。
これもデートに入るのか。一緒に買い物するだけだけど、実際に買たい物があったしちょうどいいか。
「デート、か。今度時間を作って、ゆっくりと遊びにでも行くか」
「はいっ。喜んで。こ、ここまでくれば手を繋いでも平気か、な?」
可愛い。俺にはもったいないくらいの彼女だ。
心の中でガッツポーズをついしてしまった。
「いや、手をつなぐのは無しだな」
笑顔だった杏里の表情が一気に暗くなる。
「ご、ごめんなさい。迷惑、ですよ、ね……」
「あ、違うんだ。そういう意味じゃない。俺だって手を繋ぎたいんだけど、もしかしたら誰かに見られるかもしれないだろ?」
つい先日杉本に目撃されてしまった。
他の誰かに見られてもおかしくはない。念には念を入れた方がいいだろう。
「そうですね……。でも、それはそれで、ちょっと寂しいですね」
さっきも正門で俺達を見ていた彼女がいた。
多分偶然かもしれないが、何となく俺か杏里を見ていたような気がする。
「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、さっき正門にいた女子ってしってるか? ショートカットの子なんだけど」
俺は昼に保健室前で起きたことを一部伏せて杏里に話をした。
もちろんスカートの件は話していない。あの出来事は俺の胸にしまっておくのだ。
そして、さっき校舎を出る時に彼女が俺達の後姿を見ていたことも伝える。
「さっき正門にいたショートカットの子? 多分ですけど隣のクラスの井上優衣(いのうえゆい)さんじゃないかな?」
「井上優衣(いのうえゆい)? 杏里と仲がいいのか?」
「こないだのテストで二位だった子で、確か陸上部だったと思います。話したことはないし、特別仲がいいわけではないですよ」
俺の記憶にもその名前はある。
成績順に並んでいたテストの結果発表。確かに杏里の下には井上の名前があった。
「そっか。俺がただ気にしているだけなのか……」
「そ、それよりもっ! 司君の買い物早く行きましょ」
杏里に袖を引かれ、少し早目に歩き始める。
出来れば手を繋いでゆっくりと街を回りたい。
でも、それは叶わない夢。
今ははだ叶わないけど、いつか堂々と手を繋いだり、腕を組んで杏里とデートができる日が来る。
それはきっと近い将来、訪れるはず。
俺が思い描く通りに、全てのピースが上手くはめ込むことができればの話。
失敗したらピースが無くなり、完成しなくなる。
失敗は許されない。他力本願かもしれないが、高山、杉本。
俺は二人を最後まで信じるぞ。信じても、いいよな……。
そんな事を考えながら、多くの人が行き交う街に俺と杏里は消えて行った。
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