第90話 幸せな気持
みんながノートを閉じ、ペンをケースに入れ始めた。
俺もそれに合わせ、筆箱にペンを入れノートと教科書などを閉じる。
「では少し休憩にしましょうか。しばらく自由時間でいいかしら?」
杏里の言う自由時間は本当の意味での自由時間だろう。
では、マル秘アイテムでも出しますか。
「そうだな、じゃぁ、おやつでも食べるか」
俺はバッグにしまっていた駄菓子を取り出し、テーブルに並べる。
駄菓子は単価が安いので多種多様の菓子を大量に買うことができる。
今日は小袋一つ分持参してきた。
「天童は準備がいいな。もらってもいいのか?」
「もちろん。姫川さんも杉本さんも適当にとって食べてくれ」
皆で駄菓子を食べつつ、しばしの休息をそれぞれが楽しむ。
「あ、あのさ。ちょっとみんなに聞きたいことあるんだけどいいかな?」
杉本が駄菓子を片手に話してきた。
「何でも聞いてくれ!」
「皆に聞きたいことって何かしら?」
「答えられる範囲であれば」
三者三様の回答を杉音に伝える。
「杏里には話したことがあるんだけど、実は趣味で漫画を書いているの。それでね、そろそろ一冊目ができそうなんだ」
当たった! 自宅で漫画を描いていそうだと予想したことがあったが、やっぱり!
内心ガッツポーズをしているが、表には出さない。
「彩音の描いた漫画はまだ見た事がないけど、完成したら見せてもらえることになっているの」
「そ、それでね。ちょっと参考までに、皆の好きな異性のタイプとか、どんな所に惹かれるか教えてもらえないかなって……」
漫画のネタにする感じですかね?
俺達の意見を聞いて参考になるかは分からないが、普通に答えるか。
「俺は絶対に料理がうまいひとが良いな! それと、『守ってやりたいっ!』って思えるかわいい子がいい!」
きっとそこには胸の事も入っているだろう。
だが、この場で言う事はないんだな。
「高山らしいな。そうだな、俺は一緒にいて安心できる人がいいな」
俺は杏里と一緒にいると落ち着く。二人で過ごす時間がいつまでも続けばいいと思っているくらいだ。
きっと、俺は自分が思っている以上に杏里の事を好きになっているのかもしれない。
「私は……。自分の考えを持っていて、優しくて、しっかりとした人。あと、出来れば一緒に料理とかもできたらいいわね」
お、高山と同じく料理に一票入りましたね。
おいしいご飯は食べているだけで幸せですからね。
「そっか、そんな感じなんだねありがとう。参考にするよ。実はさ、昨日すごい事があってね……」
昨日のすごい事。恋愛系の話。
これらを推測すると、一本の道が見える。
昨日のでき事。やっぱり、あれは杉本だったのではないか?
今この場で、杉本は何を話そうとしている……。
無性に喉が乾くな……。
俺は手元にあったジュースに手を伸ばし、数口で中身を飲み干す。
「昨日、何かあったのか?」
動揺している所を悟られないため、俺から杉本に聞いてみる。
杏里は杉本に見られている事は知らない。
「昨日の帰りにね、駅前で見ちゃったの」
ですよねー。やっぱり俺達が見られていたんだ。
俺の見間違いかと思ったが、やっぱりあれは杉本だったんだ。
「何を見たんだ? 駅前で事故でもあったのか?」
口に食べ物が入っている状態でもハキハキ話せる高山のスキル。
凄くはないが、便利そうだ。
杏里に目線を送ると、完全にフリーズしている。
気が付いたな、昨日のベンチの件。顔色が徐々に変わっていくのも分かる。
「昨日さ、駅前のベンチで抱き合っている高校生を見たんだ。遠かったから誰か分からないけど、多分この高校だと思う」
なに? 誰か分からない?
あの距離から見た俺には杉本だと判断出来たんだが……。
「うちの生徒だったのか?」
「多分。制服が同じに見えたんだけどね、遠くて誰かは分からなかったの。私そこまで視力が良くなくさ。あまり近づくと相手に気が付かれちゃうし。でも、遠目から見てもすごくドキドキしちゃった」
頬が赤くなりながら話してくる杉本は少し照れている。
杏里も頬が杉本と同じくらい赤くなっている。
高山も赤くなっている。意外と純情なんですね……。
「そ、それでね、それを見ちゃったら何だか無性に恥ずかしくて。でも恋するっていいなぁーって思ったの」
杉本は抱き合う男女を見て刺激されたのだろう。
幸いなことに俺と杏里だと言う事には気が付いていない。
良かった。俺の不安は今ここから過ぎ去った。ありがとう神様。感謝します。
「杉本さんはレアなシーンを見れたんだな。俺だったら街中でそんな恥ずかしい事は出来ない!」
意外な事に高山は恥ずかしがっている。
こんな高山の顔は初めて見るぞ。
「でも、幸せそうな姿を見ると、何だかこっちも幸せな気持ちにならない?」
すっかり赤くなった杉本。昨日の事を鮮明に思いだしているのだろう。
「そうだな。幸せそうな人を見ると、こっちも幸せな気持ちになるかもしれないな」
「私ね、天童さんも高山さんも、もちろん杏里も。みんな幸せになってほしいなって思ったの。きっと、私達卒業まで仲良くしていけるよね?」
俺はその答えに対して、即答できなかった。
きっと杏里も同じことを思っているのかもしれない。
「当たり前だろ! 俺達は同じクラスメイトだし、これからも仲良くしていくに決まってるだろ! 卒業までじゃなくて、卒業してもずっとな。そうだろ、天童?」
笑顔で俺に振ってきた高山。俺はお前を信じている。
きっと高山も俺の事を信じてくれていると思う。
「そうだな。これからもずっと、永い付き合いになりそうだな」
笑顔で答える俺の本心は、皆と一緒にいたい。
でも、もしかしたらそれはガラス細工のように粉々に砕け散って戻らないかもしれない。
俺と杏里の秘密を話す日がもうすぐ来る。
その日が来たとしても、またこうして四人で同じ時間を共有することができるのだろうか。
やはり不安は残る。でも、俺は話すと決めたんだ……。
テーブルの下で杏里の手に少しだけ俺の手が触れている。
その温もりを感じとりながら、俺の決心は揺らぐことは無かった。
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