第78話 勉強会の始まり


――キーンコーンカーンコーン


「よっしゃ! 今日もダッシュだ!」


 チャイムと共にダッシュする高山。

いいスタートだ。もしかしたら陸上部とかに向いているんじゃ?


 さて、これで俺はゆっくりと購買前の自販機へ行くことができる。

牛乳もいいけど、ご飯にはこれが一番だな。


 ワンコインで購入でき、しかも温かい。

ホット味噌汁。自販機で味噌汁が買えるとは、良いラインナップだ。


 階段を上がり、屋上に出る。良い風だ。

そして、辺りを見渡すと三人座っているシートが目に入る。


 風に杏里の髪が流されている。その後ろ姿にしばらく見惚れ、本当に俺は杏里と付き合っているのか、自問自答してしまう。

学校ではいつも通り。でも、今までと違った学校生活になるだろう。


 ゆっくりとシートに向かい、高山の隣に座る。


「お待たせ。遅くなって悪かった」


 すでにシートにはお弁当が四つ。

と、デザートが四人分。ん? 四つ?

高山の弁当は分かる。他に三つあるもしかして俺と杏里と杉本の分か?


「弁当、三つなのか?」


「うん、杏里も天童さんも購買で買う事が多かったから、今日作って来たの」


 もし、万が一全員弁当持参だったらどうしたんだろうか?


「彩音が天童さんにお弁当を?」


 杏里が杉本に詰め寄る。

まぁ、事前連絡なしで弁当作って来たからな。


「うん、もちろん杏里の分もあるよ」


「いえ、それはそれでいいんだけどね。できれば先に教えてね」


「ごめんね、今朝急に思いついちゃって」


「よーし、早く食べようぜ! デザートは何かなー!」


 弁当の前にデザートの蓋を開ける高山。

まぁ、順番は人それぞれって事で。

俺も自分の前にある弁当箱を手に取り、ふたを開ける。


「お? おいしそうだね。あん、パンではなく、姫川さんも同じお弁当なのか?」


 危ない、危ない。危うく『あんり』と呼びそうになった。

学校では『姫川さん』と呼ばなければ、周囲に怪しまれてしまう。


「天童、どう見ても同じ中身だろ? ほら、三つともサンドイッチが入っている」


「二人ともこないだパンを食べていたから、パンの方がいいかなって。中身はみんな同じだよ」


 そう、サンドイッチなんだ。

ご飯じゃないんだよね。確かにさ、サンドイッチは好きだよ。

ハムとかレタスとか、ベーコンとかツナとか……。


 でもね、買って来たのはホット味噌汁なんだ。

コーヒーでも紅茶でもない、味噌汁。


 失敗した。大人しく牛乳にしておけば良かった……。

買ってきた味噌汁の蓋を開けることなく、おいしそうなサンドイッチを口に運ぶ。


「高山、これやるよ」


 俺は飲まなくなったホット味噌汁をそのまま渡す。


「いいのか? 悪いな! 味噌汁うまいよなっ!」


 高山はほくほく顔で味噌汁を飲み始める。

高山の弁当は大盛り二段弁当。一段目は全て米だ。

味噌汁があっても、問題ないだろう。


 俺は顔を上げ、遠くを眺める。空には雲がいくつも流れ、時折吹く風が気持ちよく感じる。

二人の少女と、二人の少年。俺達の高校生活はまだ始まったばかり。


「デザート、うまーー!」


 高山は勉強を頑張っている。


「良かったです。また今度、作ってきますね」


 杉本も一生懸命、輪の中に入ろうとしている。


「今度は私がお弁当作ってきますっ!」


 杏里も色々と頑張っている。


「良い空だな」


 俺は何を頑張っている?

俺達四人は空を見上げ、流れる雲を見ている。


「ほんと、いい天気だねっ」


 杏里が風に流された髪を人差し指で耳にかける。

その仕草に少し見惚れ、俺と視線が交差する。

すると、杏里がウィンクしてきた。高山と杉本はまだ空を見ている。


 俺達の関係はまだ誰も知らない。

いつか知ってもらう日が来るのだろうか?

その時、皆に祝福してもらえるのか?


 その時は、いつになるのだろうか……。



――



「天童! あのさ、もし天童が良ければ放課後一緒に勉強しないか?」


 本日の授業も終わり、放課後になる。帰る準備をしていると唐突に高山が声をかけてきた。

勉強会か、平日はバイトもないし特に急いで帰る必要もないな。

夕ご飯の準備が出来る時間帯に帰ればいいしな。


「まぁ、そんなに遅くならなければいいけど」


「なら、ナデシコと杉本さんも一緒にしようぜ。ナデシコはもちろん、杉本さんも結構成績優秀だしな」


 杏里の成績は知っているが、杉本さんの成績はどうなんだろう?

と言うか、あの二人を勉強に誘うとか、結構ハードル高くないか?


「あの二人が誘ってオッケーならな。まだ誘っていないんだろ?」


「大丈夫。天童が誘えばきっと乗ってくるはずだ。なんせ、前回も天童が誘って受けてもらえたしな」


 ニコニコしながら高山は俺に依頼してくる。

良いぜボス。ダメもとで誘ってみよう。杏里はともかく、杉本さんはどうなるかわからないがな。


「まぁ、後で声かけてみるよ」


 帰り支度の終わったバッグを机に残し、杏里がいる机を方を見てみる。

バイトの日は直ぐに教室を出る杏里だが、今日はなぜだかまだ教室に残り、杉本さんと一緒に何か話している。

何の話をしているのだろうか?


 俺は二人の元へ歩みより、二人の会話が聞こえるくらいの距離に近寄る。

高山は帰りの準備もしつつ、居残りする為にこっちを観察している。


 慌てるなボス。これから声をかけてみるからさ。

何故いつも俺が声をかけなければならない?

高山は二人の番号知っているし、メッセも送れるだろ?

と、思いつつも直接話した方が早いので、結局二人の目の前に来てしまった。


「杏里、ちょっとお願いがあってさ。今週の平日って放課後何か予定ある?」


 杉本さんが杏里と何か話している。

俺が会話に割り込んでも平気か? 少し様子を見るか。


「特に今週はないけど、どうかしたの?」


「実はさ、なかなか自宅で勉強できないの。もし杏里が良ければ、放課後一緒に勉強しない?」


「そうね、特に予定が無いから大丈夫よ」


 二人の会話に入れなく、ちょっとだけ遠くから二人を見ていた。

高山の話だと、杉本さんもそれなりに成績優秀なはず。

でも、今の話だと、結構ギリギリっぽいな。


「あー、悪いな話しに割り込んで」


「て、天童さん……。ううん、大丈夫。杏里に何か用事でも?」


「二人に用事ってところかな。あのさ、二人とも今週の放課後、何か予定あるか?」


 杏里に予定が無い事は知っている。

バイトは平日入っていない事も、シフト表を見て確認済みだ。


「私は、特に何もないけど。杏里は?」


「私も今週は何もないわね。それで、放課後に何か?」


「あぁ、良かったらテストが始まるまで、放課後残って勉強会しないか? 俺と高山と四人で」


 俺は特に問題が無い。遅らく杏里も問題が無いはず。

高山は二人と、特に杏里と一緒に勉強がしたいはず。

だが、杏里だけ誘う訳にもいかないから杉本さんも誘うって事ですよね?


「ちょうど良かった。私も杏里と一緒に放課後残れないか相談していたの。天童さん成績いいから、私に教えてもらえますか?」


 杏里ほどではないが一応俺もランクインしているメンバー。

高山もあと少しでランクインできる頭脳は持っているはず。

杉本さんはランクインしていたっけ?

トップスリーぐらいしか名前を覚えていないので、まったくの未知数だ。


「わ、私が彩音に教えるから、天童さんは高山さんを。四人で勉強会しましょう」


「いいの? 杏里忙しくない?」


「大丈夫。まったく忙しくないわ。天童さんも私がいても問題ないですよね?」


 俺を見てくる杏里の目が怖い。

こうして、俺を含め四人の放課後勉強会が始まるのであった。

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