第79話 テーブルの下で
俺は高山の方を向き、手でオッケーサインを出す。
すると高山は机に出ていた勉強道具一式をバッグに詰め込み、こっちに歩いてくる。
途中高山が手招きをするので、何かと思い近寄ってみると、俺の肩を抱きよせ耳打ちしてくる。
「な、言ったとおりだろ? やっぱ天童には才能があるんだよ」
「そんな才能はない。で、これからどうするんだ?」
「ここから先は任せておけ。ほら、天童もバッグ持って来いよ」
高山から解放された俺は、自分の席に置きっぱなしのバッグを手に取り、高山達がいる所に再び戻る。
すでに全員席を立つ準備はできているようで、立ったまま俺の方を見ている。
何だか、俺が遅いみたいじゃないか……。
「お待たせ」
「いえ、待ってないですよ。では、行きましょうか?」
え? どこに行くんですか? 普通に杏里は俺に話してきたぞ。
俺はまだ高山から説明を聞いていない。
「ちょっと待ってくれ。どこに行くんだ?」
「ここに行くんだよ」
高山の手には一本のキーが。
長い棒のようなキーホルダーが付いており、そこには『小自習室』と書かれている。
俺達の通う高校は、図書室と併設して自習室なるものがある。
そこまで広くはないが、防音加工されている部屋で静かに勉強ができる。
おまけに図書館と併設しているので、欲しい本もすぐに探しに行ける、人気スポットなのだ。
「良く予約できたな。この時期はなかなか予約できないんじゃないか?」
「天童君、そこは図書委員の力を借りたのだよ」
図書委員。そういえば杉本は図書委員で、自習室の管理も図書委員の仕事だっけ。
でも、予約とかを強制的に解除とかできないよな?
「えっと、実は自習室の中でも、一室みんなが知らない部屋があるんです。小さいですけど勉強するには十分だと思うので」
「杉本さんが予約してくれたの?」
「あ、いえ、予約とか必要ないんです。空部屋なので、図書委員内での早い者勝ちです。今朝、高山さんに相談されて、朝一で鍵を持ってきました」
ほぅ、なかなかやるじゃないですか。
まさかそんな裏道があるとは。防音と言う事は、いくら高山が騒いでも、迷惑にならないと言う事だ。素晴らしい。
「そっか、大変だっただろ? ありがとな」
俺は感謝の意味で杉本にお礼を言ったが、さっきから突き刺さるような杏里の目線が……。
「では、私は保健室によってから行くので、先に三人で行っててもらえますか?」
杏里が保健室? 珍しいな、具合でも悪いのか?
「杏里、どうしたの? 調子でも悪いの?」
「ううん、違うの。ちょっと手持ちの絆創膏が無くなってしまったので、何枚かもらえないかと」
杏里が指先を杉本に見せる。それは、俺が声をかけて切ってしまった指先。
絆創膏がまだ取れていない。本人はそろそろなくても平気かもと言っていたが、ちょっと心配だ。
「だったら俺の絆創膏を」
高山が胸のポケットからさりげなく財布を取り出し、中から一枚の絆創膏を差し出す。
おぅ、高山。意外と女子力が高いな。
「ありがとう。でも、これは高山さんが使って。私は保健室でもらうから、大丈夫。わざわざごめんね」
「いえいえ。一枚じゃ足りないですよね! では、先に自習室行ってますね」
途中まで四人で移動していたが、図書室と保健室は階が異なる。
図書室は二階、保健室は一階。階段で俺達は姫川と別れた。
――
「せ、狭っ!」
高山が初めに口を開いた。
「確かに思ったよりは狭いな。でも、この位だったら何とかなるだろ?」
見た感じ四畳半弱。真ん中にローテーブルと座布団。
窓があり、光が入ってくるのでとても明るいし、何より冷暖房、さらに冷蔵庫まで完備。
冷蔵庫が無ければもう少し部屋は広く使えるのでは?
「こ、ここで大丈夫かな? 狭くない?」
「とりあえず、使ってみようぜ。何とかならなかったらその時考えよう」
確かにその通りだな。使ってみないとわからない。
正方形の机にどう座るのがベストだろうか?
「どうやって座る?」
「んー、勉強を教わる人と、教える人が交互になればいいんじゃないか?」
「そうですね、その方がいいかもしれませんね」
「俺はどっちなんだ? できれば俺も教わりたいんだが」
「天童は俺より成績いいじゃんか。教える方だな」
それは困る。俺だって教えてほしいのだ。
あ、杉本の成績ってどうなってるんだ? 教えれるのか?
「杉本さんはこないだの成績どうだったの?」
「えっと、順位だと二十九位だったかな?」
おっと、俺よりも順位が上ですね。
「天童よりも成績優秀だな」
「そうだな。じゃぁ、男女交互に座ればいいか」
隣の杏里と杉本に俺と高山が教えてもらう構図だ。
さっきの杏里が言っていた。俺が高山に教えると言う構図が無くなるな。
ま、杏里が来たらその時に考えればいいか。
早速俺達はテーブルの各々が持参した勉強道具を広げる。
何とか四人ギリギリいけそうな雰囲気だ。
「大丈夫そうですね」
「だな。エアコンもきいてきたし、勉強できそうだな」
――コンコン
『入ってもいいかしら?』
杏里の声だ。
「いいぞー」
杏里が部屋に入ってくると部屋を見渡す。
そして、空いている俺の隣に座って、バッグを足元に置く。
「思ったより、狭いのね」
ですよね。みんなそう思っております。
「狭いけど、勉強はできるよ。近い分、教えやすいだろ?」
すぐ隣に杏里の顔が。そして、ほんの少し、いい香りが漂ってくる。
いつもの杏里の香りだ。別に俺は匂いフェチではない。
だが、心落ち着く香りがする……。
ふとテーブルの下に置いていた右手に、杏里の左手がくっつく。
小指と小指。ほんの少しだけ触れている。高山と杉本からは死角で見えていない。
俺は手を動かしていないので、杏里がくっつけてきた訳だ。
「そうね、近い分みんなのノートも見やすいから、それでもいいかもね」
そして、杏里の小指が俺の小指と絡まる。
机の下で俺達は、ほんの少しだけ二人の世界にいた。
俺の心臓は高鳴る一方、杏里は涼しい顔をしている。
杏里を直視できない。こ、こんな状況で勉強会するんですか?
杏里は結構大胆なのかもしれないな……。
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