第72話 彼女の名前


「おっはよー! 朝ですよー」


 大きな声と共に、俺の腹の上へ声の主が乗りかかってくる。

ベッドにはすでに俺だけしかいない。どうやら俺だけ寝過ごしたようだ。


「母さん、重い。起きたからどいてくれ」


「ちょっと、重いってどういう事よ。これでも結構スリムなんですからねっ! それにしても随分寝ていたね。スマホのアラームなったのに、自分で止めてたし。昨日は少し遅かったからかな?」


 どうやらスマホのアラームを俺の手が勝手に止めて二度寝していたらしい。

スマホを覗くと丁寧にスヌーズもオフにされている。が、全く記憶にない。


「悪い。寝過ごした」


「そうでもないよ。今朝は杏里ちゃんと一緒に朝ごはん作ったの。早く顔洗ってきなっ」


 俺はもぞもぞしながらベッドから起き上がり、台所を経由して洗面上に向かおうとした。

台所には朝食の良いにおいが充満しており、食欲をそそる。


「おはよっ! 昨日は良く寝れた?」


 朝から結構元気な姫川。姫川は昨夜良く寝れていたのだろうか?

俺自身は若干寝不足な気がしますが。


「そ、それなりに寝たかな。まだ少し眠いが」


 姫川に変わった表情は見られない。

やっぱり昨日のあれは母さんだったんだな。

もし、姫川だったらいつもと違う表情をするはず。


「早く朝ごはんにしよっ。今日はお義母さんと一緒に作ったんだよ」


 笑顔で俺に話しかけてくる姫川。

どうやら母さんと一緒に色々と教わりながら作ったようだ。


「ずいぶん豪華だな。どれ、顔洗って来るよ」


 洗面所で顔を洗い、自分の顔を見てみる。

うん、いつも通り。昨夜は母さんのせいでなかなか寝れなかったが、色々と父さんの事が聞けてある意味有意義だった。


 朝食もおいしくいただき、俺がひたすらおいしそうに食べていると、目の前の二人はニコニコしながら俺を見てくる。

今日は俺の好物のベーコンや卵焼きなどが並べられている。

この甘い卵焼きが結構好きだったりするんだな。


 そして、和やかな朝食も終わりをつげ、腕まくりをした母さんと姫川が開かずの間に向かっている。

例のアルバムを手に入れるためだ。自分のアルバムは手元にあるが、昔のアルバムはここに置きっぱなしだったようだ。

昔の写真も数枚は俺のアルバムに入っているが、ほとんどがここに封印されているらしい。


「あれー、おかしいな……。昨日は確かにここに入れたと思ったんだけど」


 昨日掃除をした母さんが、アルバムの発掘作業している。

その隣で姫川も同じように箱を開けては中身を確認し、再び箱にしまっている。


「まぁ、そこまで必死になって探さなくてもいいんじゃないか?」


 若干ほこりっぽい部屋に、長時間居たくないのが本音だ。

俺の言葉も聞き流され、黙々と発掘作業を継続している二人。


「なー、俺のアルバム見ればいいんじゃないか? 何枚かは昔の写真入っているし」


「んー、でも年少時代の大半はここのアルバムだし、名簿も一緒にしていたからさ」


「司君は下で勉強でもしていていいですよ。私は絶対に見つけないといけないの」


 そこまで必死にならなくてもいいじゃん。ただの写真だろ?


「そこまで昔の写真が見たいのか?」


「私にとっては必須です。だって、もしかしたら――あったぁー!」


 姫川が珍しく大きな声を出した。

まるで宝くじの一等前後賞が当たったかのような満面の笑みだ。

そして、箱から取り出したアルバム数冊を箱に戻し、箱ごと持ち上げる。

おぅ、随分パワフルですね。そんなパワーが姫川にあったなんて……。


「お義母さん! ありました、早く下に行きましょう」


「あ、そこに移動したんだった。ごめんね、忘れてたよ」


 箱を抱え込み、若干ふらつきながらも階段を下りていく姫川。

俺が代わりに持つことを提案したが、却下されてしまった。

俺はそんなに非力じゃないぞ?


 リビングで箱から出したアルバムと名簿。

母さんが名簿を見ながら、その隣で姫川は昔の写真を見ている。

姫川の隣で俺も昔の写真を見ているが、少し恥ずかしいな。


「あ、もしかして、これが司君とあやねちゃん?」


 俺が姫川の隣から顔を覗かせ、姫川の見てる写真を確認する。

うーん、多分この子かな? 違う気もするが、手もつないでいるしこの子かもしれない。

参ったな、まったく記憶が無い。


「母さん、ちょっとこれ見て。この子?」


 母さんが名簿を片手に見ていた写真を覗き込む。


「そうそうこの子。いやー、懐かしいね。これは園からここに帰る途中の写真だね。ほら、手を繋いで歩いているでしょ?」


 確かに仲良く手をつないで歩いている俺と女の子。

幼女趣味はないが、その女の子は結構可愛いと思う。目がパッチリしていて、将来は美人になるんじゃないかな?

写真を確認した母さんは再び名簿を見始めた。


「似ている……。目元が、この右目の下にあるほくろとか……」


 姫川が何かぶつぶつ言っている。この子が誰に似ているって?


「あった! そうそう、思い出した。あやねちゃんの苗字は杉本。そう、杉本彩音ちゃんだ!」


 母さんの口から、俺の予想しなかった衝撃の事実が。

ま、まさか俺の知っているあの杉本か?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る