第73話 ベストショット
母さんの口から衝撃的な発言を聞いてしまった俺は、さすがに動揺する。
同じ年で、同じ名前。名簿を見ると、同じクラスの杉本と同じ漢字。
た、ただの同姓同名だよな? そんな偶然あるか?
こないだ話したときは互いに『初めまして』だった気がするぞ?
「お義母さん、この写真スマホで撮影してもいいでしょうか? 記念に撮っておきたいので」
少し姫川の声がいつもより低い気がする。
そして、なぜか冷たさを感じたのは俺だけか?
「もちろんいいよ。あ、これも司が可愛く撮れてるから、こっちもおすすめ!」
そこには全裸で走り回っている俺の写真。
「ちょ、やめろ! そんな写真見せるな!」
俺は見ていたアルバムを全力で奪い取る。
すでにスマホで一枚目の写真を撮り終えていた姫川に、二枚目の写真は撮られていない。
危うく全裸の俺が記録されるところだった。危ない危ない……。
「ここ最近の司君の写真も欲しいんですが、写真探すよりこの場で取った方が早いので、撮影してもいいですかね?」
「あぁ、例の写真の件か。いいぞ。適当に撮ってくれ」
俺は立ち上がり、片足を椅子の上に乗せ、自分なりにかっこよく姫川に目線を送る。
どうせ撮られるなら、かっこよく撮ってほしい。
「あ、いえ、その……。普通の格好でお願いしていいですか?」
何んだ、せっかくポーズしてやったのに。
姫川はソファーに座った俺の写真を何枚か撮影し、無事に撮影会は終了した。
これで俺が行方不明になっても、捜索依頼を行う時に使ってもらえるだろう。
あ、そう言えば高山には母さんがノートに書き込みしたと話をしていたな。
よし、本当に母さんが書き込んだと証明するために、俺も母さんの写真を撮っておくか。
「母さん、一枚母さんの写真撮ってもいいか?」
これはある意味証明になる写真だ。
茶箪笥にあるノートの字も写真を取り、母さんの写真と合わせて見せれば、信用度うなぎ上り。
俺は賢いのだ。これで、つじつまが合う。
「ん? 写真? いいよ。せっかくだから杏里ちゃんと一緒にっ」
母さんが半ば無理矢理姫川の腕を組み、二人でこっちに目線を送ってくる。
二人で笑顔をこっちに向けピースサインをしてくる。ちょっと姫川の恥ずかしそうな表情が可愛い。
例え二人を撮影したとしても、あとで写真を切り抜き加工すればいいか。
「じゃ、撮るよ」
二人並んだ写真が撮れた。後は写真を加工すれば完璧。
でも、なかなか良い感じの写真だな。これはこれで記念に保護しておこう。
一人スマホの操作をしていると、母さんが姫川に話しかける。
「そっか、杏里ちゃんは司の写真欲しいんだ。良かったらメッセで色々と送ってあげるよ?」
母さんが横から茶々を入れてくる。
さっき撮影した写真で充分だろ。
「そうですね、良かったら後で送ってください」
「オッケー。じゃぁ、後で番号交換しようね。あ、ついでに二人で並んだ写真を撮ってあげようか?」
え、今の話の流れでどうしてそうなる?
別に姫川と一緒の写真なんて……。
いや、記念に撮っておくか。俺の下宿生活初の同居人だしな。
「そうだな、記念に撮ってもらおうか。杏里、ほら隣に来いよ。一緒に写真撮ろうぜ」
ソファーの真ん中に座っていた俺は、少し左にずれ、右側を空ける。
そこに、姫川が無言でちょこんと座る。
さっきまで大騒ぎしていたのに、今は随分と静かになっている。
ここ最近。姫川の感情がコロコロ変わる気がする。俺の気のせいか?
「ほら、もう少し近寄って。画面に入りきらない」
母さんも随分と後退しているが、どうやら画面外になっているらしい。
「ほら、杏里もう少しこっちに」
姫川の右肩を抱えるように手を乗せ、少し強めの力でよせる。
と、同時に姫川がよろけてしまって俺の頬に姫川の唇が触れた。
――パシャ!
そして、姫川がゆっくりと体制を整え、俺の方を見てくる。
段々と顔に赤みが出て来ているのがはっきりとわかる。
多分俺の顔も赤くなってきているだろう。
さて、そんな状況でもしっかりと俺達の写真を撮っている母さん。
どれ、そろそろ声を出しますか。準備はいいですか?
はい、せーの――
「ご、ごめん! 今のは事故です! ノーカウント!」
俺は姫川に向かって頭を下げる。
姫川は自分の唇に人差し指をつけ、そのまま無言で下を向いてしまった。
その表情を見ると、恥ずかしさを必死にこらえているのが分かる。
あれ? いつもの調子だったら、それなりに騒いでリビングから飛び出すと思ったのに。
いつもと違う反応だと、俺も対応に困ってしまう。
「さて、いい写真が撮れたね。ベストショットだ。あ、後で二人に送るね。あー、そろそろ洗濯機回さないと!」
なぜかほくほく顔でリビングから出ていく母さん。
ソファーには顔を真っ赤にした姫川と、その隣でどう対応したらいいのか、完全に頭のまわっていない俺がいる。
今日バイトだぜ? こんな状況でバイト行けるのか?
そんな状況でも時間を止める事は不可能であり、バイトの時間も刻々と近づいている。
そ、そろそろ動かなくては。
「あ、杏里さん? そろそろアルバイトに行きませんか? 遅刻してしまいますよ?」
無言で頷く姫川は、先に立ち上がった俺の手を取り、若干足元がふらついたまま玄関に二人で向かう。
「あー二人とも、今日一緒に晩御飯食べたら私は帰るからね! 早く帰って来るんだよ!」
「分かったー、早めに帰るよ!」
姫川の返事はない。だが、仕事に行かなければならない。
完全に言葉を失っている姫川の手を取り、俺達は昨日と同じようにバイト先に向かうのであった。
バイトが始まるまでに、復活してくれるといいんだけど……。
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