第69話 恋話

 今夜はカレーだった。母さんの作るカレーは絶品だ。

今日も三人で食卓を囲み、楽しい夕食の時間が流れる。


「お義母さんの作るカレーはおいしいですねっ」


「そうかしら? でも、カレーってその家の個性が出るのよね」


 俺は無言で二人の会話を聞いている。

自分の気持ちを自覚してしまい、姫川と今までと同じように接することができない。


「司。あんたさっきからひたすら食べてるけど、カレーは飲み物じゃないんだよ?」


 そんな事は分かっている。だが、これで三杯目だ。普通においしいからいいじゃないか。

それよりも姫川を直視できない。動揺している俺がいる。


 母さんは昨夜、姫川と同じ部屋で寝たので俺は一人で寝ることになった。

今夜も一人で寝ることができれば、少しは気持ちの整理もできるだろう。

今夜が勝負だ。明日の朝にはいつもの俺がいる、はず……。


「母さんの作るカレーがおいしいので、ついつい無言になってしまうだけです」


「何その言葉使い? 熱でもあるの?」


 カレーを食べながら不安そうな目で俺を見てくる姫川。

やめてくれ、その目を俺に向けないでくれ。


「司君、大丈夫? 体調悪いの?」


 悪くないっす。元気そのものです。

姫川を直視できない、その目を真っ直ぐに見れないだけだ。


「いつも通りだ。特に、なんでも、ない……」


「本当に?」


 姫川の手が俺のおでこを触ってくる。

だから、その天然な行動が、俺の調子を崩す原因なんですよ。

今まで起こらなかった、感じなかった感情が自分の中で沸き起こる。


「おかわり!」


 俺は四杯目のカレーを盛る為、席を立つ。脱出成功だ。

そして、俺の背中には二人の目線が突き刺さってくるのを感じる。


「まぁ、食欲もあるし大丈夫だね。あ、あと今日は三人で寝ようか」


 俺の手からしゃもじが落ちる。たった今衝撃的な言葉を聞いてしまった。


「え? 三人ですか?」


 姫川も疑問に思ったのだろう。当たり前ですよね。


「そう。今日スモークしたんだけど、二階からまだ少し匂いが抜けてないんだよね。明日には抜けると思うから、今日だけね」


 逃げ場が無くなった。俺はどう切り抜けるか頭をフル回転させながらカレーを盛る。

肉を多めに。あ、福神漬けも追加しようかな。


「俺はソファーで寝るから、二人は俺の部屋で寝てくれ」


 一応、回避策を提案してみる。

そして俺の皿には四杯目のカレーが。


「だったら、私がソファーで寝ますよ」


「えー、母さんは司と杏里ちゃんとみんなで寝たいのにー」


 意見がバラバラですね。


「俺のベッドはダブルサイズだろ? 二人で寝たらいいじゃないか。俺はソファーでいい」


「ダメですよ、怪我しているのにソファーで寝るなんて」


「だったら、あみだくじで決めましょう。ここは公平にねっ」


 母さんは変な提案をしてくる。

こういう時の母さんに何を言っても無駄だ。

自分が楽しいと思ったら、とことんやるタイプなのだ。


「母さんに任せるよ……」



――


 第一回どうやって寝ましょうかあみだくじ大会! 結果発表。


 どうしてこうなったのかは分からない。母さんが仕組んだのか、それとも偶然なのか。

そもそも、発案者の作成したあみだくじをそのまま使ったのが間違いだろう。

が、まだ妥協できる結果になった。


 俺のダブルベッドには姫川、母さん、俺の三人が寝ている。

もともと大きめのベッドだし、母さんも姫川も小柄なので、何とか寝れる。

が、少し狭くありませんか?


「何だか楽しいよね! 修学旅行みたいじゃない?」


「そーですねー」


 返事は適当に返し、すでに布団にもぐりこみ寝に入ろうとしている。

姫川も同じく、反対側の布団に腰まで入った状態だ。


「んもぅ、せっかくなんだしさっ! 恋話でもしようよ!」


 なぜ親と恋話しなければならない?


「お義母さん、昨夜結構話しませんでした? その、色々と……」


 昨夜は二人で結構話しこんだのか?

姫川の言葉から推測すると、すでに二人はそれなりに仲良くなっているようだ。


「えー、良いじゃん。恋話楽しいしさっ!」


 恋か……。恋ってなんだろうな。

好きとか、嫌いとか、一緒にいたいとか、誰にも取られたくないとか。

恋愛ってゲームだと思っていたけど、実はそうでもないのかな……。


「じゃぁさ、今日は私が話すよ。私と、お父さんの恋話。でも、お父さんには内緒だよ?」


 おっと、そう来ましたか。

確かにそれは気になる話ですね。いままで両親の話とか聞いたこと無いし。

プロポーズは父さんからしたとか、式はどこで行ったとかは聞いているが、実際のなれ初めは聞いていない。


 よし、参考程度に聞いておこう。あの悪役のような父さんと、いまだ女子高生のような母親の恋。

どうやって出会い、どうやって付き合い、結婚したのか。


「そ、それは私も気になりますね……。是非、聞かせてください」


「まぁ、母さんがどうしても話したいと言うなら、聞くよ」


 母さんが電気を消し、常夜灯のみが部屋を照らす。

まだそこまで遅くない時間。俺達は三人同じベッドに入り、真ん中にいる母さんの話を聞き始める。


「ふふふ……。じゃぁ、まずはどこから話そうかなっ!」


 一人はしゃいでいる母さん。

その隣には息子の俺、反対側には姫川がいる。


 母さんから見たら俺達は同じ年の息子と娘になるのだろうか?

それとも……。


「よし、じゃぁ、まずはやっぱり出会いからだねっ」


 こうして夜の恋話が始まった。

明日の朝は、少しゆっくり目に起きよう……。

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