第67話 七夕の願い事

「「お疲れ様でした!」」


「はい、お疲れ様でした。明日もよろしくね」


 今日も一日、無事にバイトが終わった。指を自由に使えない分、姫川がしっかりとサポートしてくれた。

喫茶店を出て、俺と姫川はアーケードへとその足を向けた。


「姫川、今日は助かったよ。悪いが、明日もフォローよろしくな」


「大丈夫です。任せてください。あっ、今朝よりも飾りが増えていますねっ」


 アーケード内には今朝よりも飾りが増えている。

今年も見ごたえのある七夕祭りになりそうだな。


「そこのお二人さーん! 良かったらこれ書きませんか?」


 雑貨屋さんの店前でスタッフの人がこっちを見て手を振っている。

その手前には大きめの長テーブルがあり、その上には紙とペンがあり、ブースができている。


「俺達の事ですか?」


「そうそう。どう? 恋人同士、この短冊にお願い書いて飾っていかない?」


 恋人? 俺達が恋人同士? っは、ま、まさかね。

でもまぁ、男女二人で夕方にアーケードを歩いていたらそうも見られるか……。


「俺達はそんな仲じゃない」


「あ、ごめんなさい。じゃぁ、その恋が実るように短冊書いていきません?」


 ふと、隣にいる姫川に目線を向ける。

なぜか手をもじもじさせながら、下斜めを見つめている。

その目線の先には短冊が。あ、書きたいのかな?


「じゃ、とりあえず二枚」


「はい、ありがとうっ。じゃ、これが紙で、こっちがペンね」


 俺と姫川は椅子一個分開けて座り、それぞれが何を書いたかわからないようにしている。

一種の願掛けだけど、その想いや願いは届くのだろうか?


 うーん、何を書こうかな……。

テストでいい点とれますように? 時給アップしてほしい? 怪我が早く治りますように? 母さんがもっとしっかりしてくれますように?

うーん、もっといいお願い事ないかな……。


 姫川の方をちらっと見ると、すでにペンを走らせている。

もう決まったのか。よし、俺の願いはこれにしよう!


「終わりました!」


 姫川もすでに終わってるようで、両手で短冊をしっかりと抱え込んでいる。

そんなにしっかりと抱え込まなくてもいいんじゃ?


「じゃ、お互いに願いを確認して、一緒にあそこの葉竹に縛り付けてねっ」


 え? 内容を互いに確認するの?


「な、内容を確認しないとダメなんですか?」


 俺よりも姫川が先に声を出した。

偶然です。俺も同じことを考えていましたよ。


「もちろん。例え恋人じゃなくても、一緒にいる相手の想いを知っていたら、その願いが叶うかもしれないでしょ?」


 うーん、説得力があるのか、ないのか……。

まぁ、見られて困る内容ではないし、俺は別にいいか。


「俺は別にいいけど、姫川は?」


 無言で俺に自分の書いた短冊を渡してくる。

その短冊を受け取り、俺も姫川に自分の短冊を渡す。


『司君が幸せになりますように』


 なんだ、俺の事か。自分の事ではなく、俺の事を……。

俺の表情はいまどうなってるんだろうか? 

にやけているのか? 無表情なのか? それとも笑顔なのか?


 姫川の方を見ると、俺の書いた短冊を瞬きせずに見ている。

両手でしっかりと、短冊を握り、一心に見ている。


「つ、司君……。これは?」


「ん? 短冊に願いを込めてー、だよな? 願い事書けばいいんだろ?」


 俺の第一目標は下宿を継ぐ。その目標は変わらない。

その為に、姫川が現在下宿をしている。いや、してもらっているが近い表現だな。

姫川には卒業までいてもらう必要がある。

母さんも言っていたが、下宿生は皆家族。姫川にも仮の家族になってもらおう。


「そうですが……」


「よし、互いに確認したしさっさと飾るか」


 受付の人に案内された場所でなるべく高い位置に短冊を取り付ける。

空に近い方が何となく叶う気がするからだ。


 俺の短冊は水色。姫川の短冊は桃色。

風に揺れる短冊はまだ多くはない。もし、早いもの順で願いが叶うなら、俺と姫川の願いは早めに叶うだろう。


 桃色の紙の隣には『姫川と家族になれますように』と書かれた水色の短冊が揺れている。



 短冊を飾り、二人で駅に向かう。


「ねぇ司君。織姫と彦星って一年に一回しか会えないんだよね?」


「あぁ、そうだな」


 確かあの二人はもともと夫婦で、結婚したら仕事をしなくなったんで無理矢理引き離された。

んで、引き離されたら余計に仕事をしなくなったから、一年に一回だけ会うことが許されたって感じの話だっけ?


「一年に一回しか会えないとか、寂しいよね」


「そうかもしれないけど、仕事しなくなったらダメだろ、もともとしっかりと仕事をしていれば離れることはなかったんだ」


「司君て、夢が無いんだね……」


「夢ならあるぞ」


「ううん、なんでもない……」


 少し落ち込む姫川。きっと、もっとロマンチックな話がしたかったのだろう。

だが、ロマンでご飯は出てこない。夢より現実だ。


「まぁ、俺だったら結婚しても、仕事に手を抜かない。そしたら、一年に一回ではなく、毎日会えるしな」


「私も、毎日会いたいから、仕事頑張るよ」


「夫婦で働いていたら共働きの家庭になるな」


 そろそろ駅が近づき、改札口も視界に入ってきた。

しかし、姫川が例のベンチ前で足を止める。


「司君。どうして、私の事名前で呼んでくれないの?」


 ぁう。痛いことろを突っ込まれた。

確かに、母さんの発言以来、姫川は俺の事を名前で呼んでいる。

が、俺はいまだに苗字で呼んでいる。だって、ちょっと恥ずかしいし……。


「私は頑張って、ちょっと恥ずかしいけど名前で呼んでいるよ」


 確かにそうですね。念仏のように俺の名前を連呼していましたし。


「わ、私も名前で呼ばれたい。今、ここで名前を呼んでよ」


 とうとうその時が来たのか。いつか来ると思っていた、そんな予感がしていたんだ。

もし、姫川に言われたら言うと決めていた。男に二言はない!


「い、今ここでか? 人がそれなりにいますが?」


「名前を呼ぶのに周りは関係ないよ? 私の目には司君しか映っていない。司君の目には私以外に誰か映っているの?」


 俺の目の前には姫川一人。行き交う人々が多くいるが、俺の知っている人間は姫川だけだ。

俺の目に映り、認識している知人は姫川一人だけ。


「杏里。俺の目には杏里しか映っていない」


 途端に、姫川が両手で自分の口をふさぐ。そしてその瞳には涙が少しだけ溜まっている。

頬もやや赤く、今にも瞼に溜まった涙が頬を伝って落ちてきそうだ。


「あ、ありがとう……」


「そ、そんな事でそんな表情するなよ! な、何で涙目なんだ?」


「だ、だって……。司君、私の事嫌いで、名前を呼んでくれないと……」


 違います。ちょっと恥ずかしかっただけです。

嫌いとか、そんなんじゃありません。


「違う。杏里の事、嫌ってなんかいないよ」


「良かった……。指、見せて……」


 怪我した指を見せる。まだ、完全治癒はしていないが、もぅ治り掛けだろ。

近日中に治ると思われる。


「もう痛くないよ。杏里が気にすることはない」


「少しだけ握ってもいいかな?」


「おう、大丈夫」


 姫川が俺の指を、ひいては手を握ってくる。

流石に全力で握られたら痛いだろう。でも、姫川は優しく握ってくれる。

もし、この世界がファンタジーだったら姫川は聖女かもしれない。

きっと、その手で傷を癒してくれるだろう。


 いや、ファンタジーでもないこの世界でも、姫川は聖女なのかもしれない。

姫川は俺の心を癒してくれる、気がする……。


「帰ろっか」


「帰るか。母さんがご飯作って待ってる」



 俺達は手を繋いでゆっくりと駅に向かって歩き始めた。

痛みはない。その代りに、暖かなぬくもりを感じている。

一人では決して感じる事のなかったぬくもり。


 もしかしたら、短冊に書いた願いは叶わないかもしれない。

なぜかって? それは、俺と姫川は毎日会える。

天にいるあの二人に、俺達が嫉妬されてしまうかもしれないからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る