第66話 姫川の成長


「じゃ、母さん、俺と姫川今日はバイトだからそろそろ出るよ」


 今日はバイトがある。

シフトに間違いが無ければ今日は俺と姫川、同じ時間にシフトインしているはず。

この指でも軽作業なら問題ない。店長に連絡はしていないけど、問題はないだろう。


「え? 杏里ちゃんもバイトしているの?」


「はい。司君と同じところでお世話になっています」


「ふーん……。帰りは何時になるの?」


「あー、多分八時位になるかな。特に何もなければ」


「晩御飯は?」


「家で食べるよ」


「了解っ。作って待ってるから。気を付けてね」


 母さんと簡単な話を終え、俺達は家を後にする。

二人で同じバイトに向かうとか、かなり違和感がある。

電車に揺られ、街に着く。


「んー。朝から疲れましたね!」


「あー。特に俺は疲れた」


「ごめんなさい……」


「まぁ、気にするな。その話はここまでにしようか」


 バイトまでまだ少し時間がある。

いつもながら少しだけ早く着いてしまった。

アーケードを遠目から見ると、葉竹を飾り始めている人が数人いる。


「ほら、姫川あそこ見てみろよ。アーケードに大きな葉竹が飾ってあるぞ」


「おっきいですね。毎年見ていますが、今年も七夕の時期になったんですね」


 毎年行われる七夕祭りの準備が少しずつ始まっている。

アーケード内にある商店からアーケードの天井まで届くような大きな飾りがいくつも展示される。

各商店でオリジナルで作ったり、近くの学校が作成し飾って貰ったりと、結構大きなイベントになっている。


「バイト帰りに少し見て帰ろうか?」


「はいっ」


 展示され始めた飾りはまだ少し。これから七夕の日に合わせ、どんどん増えていく。

最終的にはアーケードの入り口から出口まで、全て七夕飾りになるくらいだ。



――



「「おはようございます!」」


 俺達はバイトの為、喫茶店の事務所に入る。

順番で制服に着替え、身だしなみを整える。

そう言えば、姫川と同じ時間で入るのは初めてだな。


「もう慣れたのか?」


「んー、それなりには。ホールとレジは大体大丈夫です」


「そっか、それは良かった。やっぱり覚えるの早いんだな」


 そんな会話をしていると事務所に店長が入ってくる。


「おはよう二人とも。今日も一日よろしく」


「はい、よろしくお願いします。店長、俺指怪我してるんですが、ホール中心でいいですかね?」


「あぁ、カウンターとフードは他のスタッフが回すから大丈夫。姫川も天童と一緒にホールを回してくれ」


「分かりました」


「天童。試験、結構ギリギリらしいな。しっかり勉強してくれよ」


 先日姫川が店長にシフトの調整を依頼したため、俺の成績はあまりよくないと思われている。

クラスでも上から数えた方が早いのに、ここではできない子になっている……。


「は、はい……」


「姫川から聞いたが、二人とも同じ日に休みとしておいた。二人とも本業は学生だからな。勉学に励んでくれ」


「分かりました。では、ホール出ますね」


「では、私も行きます」


「はい。では、今日も一日よろしくお願いします!」


「「よろしくお願いします!」」


 二人で事務所からホールに出る。

俺は怪我の為、カウンターには入れない。姫川とホールになる。

姫川の成長度合いはどうだろうか? 


「おはようございます」


「おっはー、今日もよろしく!」


 相変わらずノリのいい先輩。この人はいつでも元気だなー。


「実は指を怪我してしまって、しばらくホール中心でお願いします」


「おっけい。無理しないようにね。じゃ、姫ちゃんも天童君のサポートよろしくねっ」


「はいっ。任せてくださいっ」


 姫ちゃんって、姫川のあだ名か? いつの間にあだ名なんてついたんだ?

笑顔を俺に向ける姫川。つい最近シフトに入ったばかりなのに、俺のサポートしてくれるとは。

しっかりと仕事を覚えてくれているようですね。大変ありがたいです。


「悪いな。よろしく頼むよ」


「大丈夫です。お任せくださいっ! あ、レジ行きますね」


 小走りでレジに向かう姫川。いい動きですね。

笑顔で接客するその姿は見ているこっちも和んでしまう。

この喫茶店の看板娘になるのも時間の問題と思われる……。


「ありがとうございました、またお越しくださいませ」


 柔らかい口調でお客様の対応する姫川を遠目に、俺は少し見惚れてしまう。

笑顔良し、声良し、仕草良し、制服も大変お似合いです。

うん、接客態度は合格点ですね。会計も終わり姫川が戻って来る。


「随分なれたみたいだな」


「でしょ? もう一人でも大丈夫ですよ!」


「ふふっ……。こないだはレジの操作間違って、慌てていたのに」


「そ、それはまだ覚えていない会計方法だったので……」


 昼少し前の喫茶店。まだ混むには早く、店内は少しお客さんが引いている。

あと、数十分もすればランチタイムとなり、そのまま夕方のデザートタイムに突入する。


 俺はほんの少しの時間、姫川の新しい側面を見た気がした。

俺の見えないところでも、姫川はしっかりと出来る事を増やしている。

自分自身、もっと努力しなければ……。


「いらっしゃいませー、二名様ですか? ご案内いたします」


 俺も新人姫川に負けないよう、頑張らないとなっ!

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