第61話 ポジション無し

 俺の後ろを着いてくる女性二人。

二人とも無言で一切の会話はない。そして、そのままダイニングに到着し、それぞれが着席する。


「お、お茶でもいれようか?」


 俺が席を立とうとすると姫川の方が先に席を立った。


「私がいれます。天童君はそちらの方と座って待っていてください!」


 やや強めの口調で姫川がヤカンに水を入れ、お湯を沸かす。

その間にカップと茶うけを準備し、こちらも手際が良くテーブルに並べられていく。


「あら、結構手際がいいのね」


 ニコニコしているエプロンをつけた女性。

早くそれぞれを紹介したいのに、その時間が訪れない。


「どうぞ」


 しばらくすると目の前に紅茶が出される。


「あら、いい香り。いれ方もうまいのね」


「どうもありがとうございます」


 とげのある言い方をする姫川。急な来客が嫌だったのか?


「司。まだ調理中だったから、きりのいいところまでやってもいいかしら? すっごい中途半端なのよね」


 確かにシンク台には包丁やまな板、食材がだしっぱなし。

調理中に姫川が帰宅したから、こんな状況になってしまったのか。


「すぐに終わるんだろ? いいんじゃないか?」


「私も手伝います」


 席を立ち、エプロンをつける姫川。


「あら、手伝ってくれるの? ありがとう」


 こうして二人はなぜか自己紹介もなく、そのまま台所に立つことになった。

俺の事、スルーしてませんか?


「あのさ、何か手伝うか?」


 何となく声をかけてみる。


「司は勉強でもしてれば? 試験も近いんでしょ? あ、私があとで教えてあげようか?」


「結構です! 天童君の勉強は私が責任もって見ますので!」


 相変わらず口調が強い姫川。こんな口調の姫川を見るのは初めてかもしれない。


「そ、そうか……。じゃぁ、適当にあっちで勉強してるよ」


 一人リビングで勉強を始める俺。ちょっと一人だけ蚊帳の外になっている。

こうして女性が二人並んで台所に立っているのを見ると、なぜか新鮮な感じがする。



――


「あ、あの……。天童君とはお付き合い長いんですか?」


「あー、長いな。もう十年以上になるかな」


「お、幼馴染ですか?」


「幼馴染! 違う違う、司っ! ちょっとこっちに」


 なぜか呼ばれる。こんなに近い距離にいるんだからそんなに大きな声で呼ばなくてもいいのに。


「で、なに?」


「杏里ちゃんが私の事、司の幼馴染だって! あんた説明してないの?」


 いや、その説明をする時間をくれなかったのあなたじゃないですか?

何だか色々とめんどくさくなってきたな。もうこのまま紹介してしまうか。

今さら改めてもしょうがないしな。


「あー、姫川。こちらの女性は俺の母親だ。見た感じこんなんだが、血のつながった母親」


 包丁を持っていた姫川の手が止まる。

そして、ロボットのように首を動かしながら、エプロンをつけた女性の方を見る。

 

「へ? だって、どう見てもそんな年には……」


「良く言われるんだよねー。おっと、年齢は聞いちゃだめだぞ」


 ウィンクしてくるその顔は間違ったら女子高生に見えてしまうのでは?

そんな年齢詐欺の母親。


「母さん、こちらは姫川杏里さん。俺と同じクラスメイトで、先日から――」


 話している最中に母さんが割って入ってくる。


「あー、お父さんから聞いてるよ。杏里ちゃんだよね? いつも司が世話になってるね」


 急に姫川から何かが抜けて行った感じがした。

初対面、しかも急な来客で緊張していたのか。でも、緊張も解けたみたいで良かった。


「は、初めまして! 姫川杏里です! お、お世話になってます!」


 急にハキハキと俺の母親に向かって挨拶を始めた。

まぁ、本来はもう少し時間をかけて、あいさつするんだけど、まぁいいか。


「まぁ、そんな訳で二人ともよろしくな」


 俺は一言添えてリビングに戻った。

とりあえず、これでいいだろう。 


 その後、二人は何か会話しながら調理を進めている。

どうやら大量にあったキャベツはロールキャベツとサラダ、ピクルス、スープなどに化けたらしい。


「お料理上手なんですね」


 姫川が感心したように母さんに向かって話しかけている。


「まーねー。母にこの下宿で色々と仕込まれたからね。大体の事はできると思うよ」


「そ、そうなんですか……。よ、よかったら今度教えてもらえませんか?」


「ん? 料理? 別にいいよ? たまに顔を出しに来るからその時で良ければ」


「ありがとうございます!」


 ハキハキした声で話しをしている姫川は、なぜか今まで以上に笑顔があふれている。

俺が教えるより、女性同士で教え合った方がきっといいんだろうな……。

その輪に入れないとしても、俺はちっとも寂しくはない!


「じゃ、そろそろ夕飯にするから、杏里ちゃんも着替えておいでよ」


「はいっ」


 笑顔で台所から出ていく姫川。その足取りは軽い。


「いい子じゃないの。司にはもったいないね」


「それはどういう意味だ?」


 ニヤニヤしながら俺の方を見てくる母親。

父親と違って良く俺に干渉してくる。どこの母親もこんなもんなのか?


 しばらくすると姫川が戻って来る。


「お待たせしました」


「よし、じゃぁ、ご飯にしましょうか」


「手伝いますね!」


 女性二人が和気あいあいと台所を歩き回る。

俺は一人テーブルに座り、何も手が出せないままボーっとしてしまう。

あれ? もしかして俺のポジション無しか?

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