第60話 泥棒?

 姫川の写真を目の前に、俺はちょっとだけイラッとした。

なんとか写真を回収したいと思い、高山に写真が手に入れられないか耳打ちしてみた。


 ニヤッと俺の方を見て、無言でウィンクする高山。

ちょっとキモいと思ったが、そこは黙っておこう。


「よし、ファンクラブには入らないが、写真はくれ。そしたらナデシコの情報を少しだけ提供しよう、何が知りたい?」


「情報ですか? そ、それであれば得意料理など知りたいです!」


「俺は、好きな男性のタイプ!」


「私は誕生日!」


「オイはスリーサイズ!」


 最後のは聞かなかった事にしよう。


「いいだろう。可能な限り情報を提供しよう。その代りその写真を――」


「いいですよ。この写真は全て差し上げます」


 ニコニコしながら男は高山に写真を渡してきた。

そんなとっておきの写真、全部渡していいのか?


「そんなにあっさりもらってもいいのか?」


「大丈夫ですよ。まだ元データはありますので」


 失敗したー! ここで写真を貰っても、元データあったら意味がないじゃないですか!


「交渉成立だな。あと、出来ればこういった露出の高い写真は出さないでほしい。本人が傷つく」


 た、高山さん。もしかして、俺の心を読みました?

筆跡の件もそうですが、少し怖いですよ?


「わ、分かりました。考慮いたします」


「じゃ、俺は帰るな。情報入ったらまた連絡する」


「ははっ……。仰せのままに……」


 頭を下げたままのクラブメンバー。俺達が去るまでずっとその姿勢を崩さない。

もしかしたら、結構紳士なのか?


「よし、天童。帰るか」


「え、あぁ。そうだな」


 俺達はそのまま正門を出て、駅まで一緒に歩いて帰った。

そう言えば高山と一緒に帰るの初めてだな。


「じゃ、俺はもう帰るから。これ、渡しておくよ」


 俺のポケットに何かを突っこんでくる高山。触ってみると写真だった。


「まさか、天童がナデシコの写真欲しがるとはな。ちょっと意外だったぜ?」


「別に欲しいわけではないさ。同じクラスメイトの写真が出回るのが気になっただけだ」


「ほっか。じゃ、そういう事にしておこう。ナデシコの情報は後々本人に聞いてみようぜ」


「そうだな。とりあえず、今直ぐじゃなくてもいいだろ?」


「あぁ、今は俺達が達成しないといけないミッションがある。そのミッションが達成したら聞いてみるか」


 そんな会話を交わしながら、俺達は互いに帰るべく改札口を後にした。

少しだけ遅くなった帰り道。なんだかここ最近忙しいような気がする……。



――



 先に俺が自宅に着くはずなのに、なぜかすでに鍵が開けられ、自宅に明かりが灯っている。

姫川は多分まだバイトをしているはず。誰だ? 父さんか? しかし、自分のスマホをみても、連絡が入った形跡がない。


 俺は恐る恐る玄関をゆっくり開け、中を確認する。

靴はない。しかし、台所から何か音がする。


 泥棒か? 俺は足音を立てないように、傘を武器にゆっくりと台所に向かって歩き始めた。

そして、音を立てないように台所の扉を開くとエプロンをつけた女性がそこに立っている。

確か最近の泥棒は盗みの為に入った家で食事を作ったりして、腹を満たすようなことも何かで見た記憶がある。


「誰だ」


 俺は恐る恐る台所にいる女性に声をかける。

振り返った女性の顔を見て、俺は手に持っていた傘を床に落としてしまった。


 そして、その女性はそのまま俺の方へ走り寄ってきて俺の事を抱きしめる。

俺よりも少し背の低い女性。俺はこの女性の事を良く知っている。


「司っ! 遅い! こんな時間まで何してるのよ! 随分待ったじゃない!」


 俺を抱きしめながら顔をぐりぐりしてくる女性。


「ここで何をしている?」


 俺が冷たくあしらおうとすると、その女性はすぐに俺から離れ、台所に戻って行った。


「あら、随分冷たいのね。久しぶりに会ったのに」


「俺はもともとこんな感じだ。で、何しに来たんだ?」


「そんなに怒らないでよ。折角お料理しに来たのにっ」


 頬を膨らませるその姿は本当の年齢よりも随分と若く見えるだろう。

いい年なんだからそんな仕草しないでほしいわ。


「料理位自分でするわ。で、本当は何しに来たんだ?」


「まぁまぁ、そんなに慌てないでよ。折角冷蔵庫のキャベツ消費してあげてたのに。買いすぎはダメよ」


「はぁ……。疲れた、勝手にしてくれ」


 ウィンクをしてくるその顔に呆れながらも、俺は傘を玄関に戻し、自室にバッグを放り込んで着替えた。


「あ、制服ドライするから洗濯置き場に持って行きなさい! どうせしばらく洗ってないんでしょ?」


 あー、うるさい。何でいつもこう……。


「分かった分かった。今持っていくよ」


 俺は脱いだ制服をそのまま洗濯置き場のカゴに投げ入れた。

鼻歌を歌いながら台所で調理し、しばらくすると洗濯機の回る音が聞こえてきた。

相変わらず仕事が早い。無駄なく、スムーズに動いている。



――ガララララ


『ただいまー』


 玄関の開く音が聞こえた。いつもより少し早いが姫川が帰ってきたようだ。

玄関に迎えに行こうとした時、すでに台所に立っていた奴の姿が無い。何と素早い動き。


『おかえりー』


『えっと、どちら様ですか?』


『あ、初めましてだねっ』


 俺は慌てて玄関に向かって走り出した。

互いに初対面。ここは間に俺が入った方がいいだろう。


 玄関では二人がすでに向かい合っている。

なぜか姫川の背後にどす黒いオーラが見えた気がした。そして、俺と目が合ったとたんに睨んでくる。

顔は笑顔のままだが、目は笑っていない。これって結構危険な状態ですよね?


「天童君。こちらのカワイイ女性の方はどちら様ですか?」


 姫川の発言が怖い……。


「あら、カワイイだなんて。照れちゃいますねっ」


 ニコニコしている女性と般若の面を付けた少女。

俺の目の前に正反対の表情をした二人がいる。

もしかして、出るタイミングを間違ったのか?


「と、とりあえず玄関ではあれですから、リビングにでも行きませんか? 皆様」


 丁寧口調になった俺は、なぜか腰が引けてしまってる。

そして、リビングに向かう途中も背中にひしひしと伝わってくる姫川の目線が激しく痛い。

ちゃんと説明しますから!


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