第52話 オーバーサイズ

 二人で俺の自室に入った。

が、一つの部屋にベッドと布団。二人が寝ることのできる環境が準備されている。


「さて、もう寝ましょうか。あと、明日の朝はジョギング禁止ですからね」


 自分の持ってきた布団にそそくさ潜り込み、早速寝る準備をする姫川。

俺は唖然としながら姫川の行動を見ている。

とりあえず、自分のベッドに腰を掛け、隣で横になっている姫川に声をかける。


「なぁ、一人でも大丈夫だし、何かあったら電話するから別々に寝ないか?」


「布団は別ですよ? それに、もし何かあった時、電話もできなかったらどうするんですか?」


 半分布団にもぐりこんだ姫川は俺の方を見ながらやや強い口調で返事をしてきた。

随分と押しが強いな。簡単には折れてくれそうにない。


「そもそも、同じ部屋で寝るってまずいだろ?」


「そんな事無いですよ。もともと同じ屋根の下にいるじゃないですか。問題ありません」


「いや、そうなんだけどさ。俺だって男だぞ?」


「そうですね。天童君は男ですね。それが何か? 怪我人には変わりありません。私のせいで天童君が怪我を……」


 少し肩を落としながら話してくる。うーん、これだけ俺が言っても折れてくれないのか。

俺の怪我について、姫川は責任を感じているのだろうか。


「しょうがないな……。今日だけだからな」


「はいっ、今日だけです」


 やや口元がにやけている姫川。自分の意見が通って、すっきりしたのだろうか。

少し険しかった表情が、少しだけ明るくなる。


「じゃぁ、電気消すぞ。おやすみ」


「おやすみなさい」


 部屋の電気を消し、天井には常夜灯のみついている。

布団にもぐりこんだ俺は、出来るだけ何も考えず寝ることに集中する。



 どのくらい時間が経過したのだろうか。

電気を消してからしばらくすると、隣から寝息が聞こえてきた。

俺が寝ることに必死になっている隣でまるで何事も無いような感じで寝ている姫川。


 常夜灯が薄らと光っている部屋の中、俺はできるだけ音をたてないようにゆっくりと寝返りをし、姫川の方に目線を移す。

そこには、目を閉じ常夜灯に照らされた姫川が寝ている。

そう言えば、女の子の寝顔を見るのは初めてだな。

少しだけドキドキしながら、その寝顔をしばらく見つめていた。




――


 寝れない……。全く寝つける自信が無い。

スマホに表示される時間を見るとすでに日付が変わっている。

相変わらず隣からは可愛い寝息が聞こえてくる。

姫川の言っていた寝つきが良いとは本当の事だったのだろう。


 俺は音を立てないようにベッドから起き上がり、ゆっくりとベッドから降りた。

そして椅子に掛けてあったパーカーを手に取り、自室の窓から縁側に出る。


 外は少しだけ肌寒い。空を見ると月が見える。

周りは住宅街なので昼間とは違い随分と静かになっている。


 一人空を見ながら夜風に当たる。

よくよく考えたら、同じ部屋で女の子と一緒。

普通に寝れるわけがない。どんなに寝ようとしても、脳が覚醒してしまっている。

少し風に当たれば頭も冷え、寝ることができるだろう。


 ボーっと空を見ていると後ろの窓が開く音が聞こえた。

 

「寝れないんですか?」


 パジャマを着た姫川がそこに立っていた。


「ん? あぁ、何だか寝付けなくて」


 隣に座った姫川は俺の目の前に顔を近づけてくる。

近い。鼻と鼻が触れそうなくらい近い。


「もしかして、どこか痛みがあって寝付けないんですか?」


「あー、痛みはそこまでない。心配しなくていいよ。姫川も寝れないのか?」


「……。寝ようとしても寝れませんでした。ずっと目を閉じて、寝ようとしたんですが、なかなか……」


 あの寝息は違ったのか。姫川も何だかんだで寝れなかったんだな。


「俺もただ寝つけなかっただけだ。女の子と同じ部屋で寝た事なんてないからさ」


「私も。男の子と同じ部屋で寝た事なんてないですよ。私達、お互い初めて同士ですね」


 しばらくお互い沈黙のまま時間が流れていく。

月の光に反射して見える姫川の横顔は幻想的で、時折吹く風に、長い髪が流される。

その髪が俺の頬に触れ、少しくすぐったく感じる。


 姫川は少し肩を震わせ、何かもじもじしている。

寒いのか? パジャマのままだし、夜風が少し冷たいしな。


「ほら、これ貸してやるよ」


 俺は自分の着ていたパーカーを脱ぎ、姫川に差し出す。


「大丈夫ですよ。天童君が寒くなってしまいますよ?」


「男は丈夫にできているんだ。いいから着ろよ。風邪ひかれたら俺が困るんだ」


 無理やりパーカーを姫川の肩に羽織らせる。

これで少しは寒さをしのげるだろう。


 無理やり羽織らされたパーカーを姫川がゴソゴソしながら袖を通す。

案の定オーバーサイズだ。袖から指四本しか出ていない。

手首まですっぽりと袖の中に入ってしまっている。


「大きいですね」


「普通だろ? 男物なんて全部こんな感じだ」 


「そうですね。でも、温かいです……。ありがとうございます」


「遠慮なんかしなくていいんだぞ? 今も、これからも」


「はい。遠慮なくさせていただきますねっ」


 笑顔で答える姫川。パーカーを脱いだ俺は少し寒いが大したことはない。

もともと頭を冷やすために外に出たのだ。上着一枚くらい無くなった方が都合がいい。

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