第53話 深夜の膝枕
夜空に月が輝き、俺達を薄らと照らしている。
時折吹いてくる夜風が少し冷たく、頭を冷やすにはもってこいな状況だ。
姫川にパーカーを貸したのは正解かもしれない。
「私、すごく不安だったんです。自宅を出て、天童君に下宿を案内されて、これからやっていけるのか。すごく不安でした」
空に浮かぶ月を見ながら姫川が話しだした。
「でも、天童君と一緒に生活してみて、その不安が無くなったんです。一緒にご飯食べたり、買い物行ったり。どちらかと言うと結構楽しんでいます」
「それは良かったな」
空を見上げながら俺に語りかけてくる姫川は月の光に照らされ、とても幻想的で、とても美しく、そして尊いと感じる。
姫川は確かに社長令嬢で勉強もでき、見た目も可愛い。
が、それでも一人の女の子に変わりはない。きっと今まで俺には想像もつかないような事を経験しているのだろう。
「私が小さい頃ね、泣いていたり不安がっていたらお父さんが膝枕をして、頭をなでてくれたんです」
あの社長がですか! 確かに自分の娘だったらそれくらいするかもしれないが、どうしても想像できません。
「姫川のお父さんは優しかったのか?」
「昔も今も優しいですよ? ただちょっとやきもち焼きと言うか、わがままと言うか……」
「こないだ会った時は微塵も感じなかったがな……」
「そうかもしれませんね。天童君に対してはちょっときつく当たっていたのかもしれません」
少しだけ微笑む姫川。きっと自分の父親の事を考えているのだろう。
自分と二人っきりの時の父親と、そうじゃない時の姿に差がありすぎるのか?
「姫川の事が好きなんだろ? だから色々と言ってくるんじゃないか?」
「そうですね。そうかもしれません。でも、小さい頃はよく頭をなでてもらったりしましたが、最近はちっともしてくれませんけどね」
不意に俺の方を見てくる姫川。風が吹き、その長い髪が流される。
小指で流された髪を耳に掛け直し、俺の方をずっと見つめている。
えっと、この場合はどの選択肢が最適解だ?
遠まわしに言っているのか、昔をただ思い出しているのか。
もし、間違った解を出したら、俺は致命的ダメージをくらってしまう。
きっと再起不能になるくなるくらいに。だが、ここは言っておきべきだろう。
多分言っても大丈夫ですよね?
「膝枕するか?」
俺のその一言に対して姫川は無言でうなずき、俺の膝へ頭を乗せてきた。
姫川の頭を怪我をしていない手でそっとなでる。
月がいつもより大きく見える気がする。
俺の膝の上でなでられている姫川。
月の光が彼女の横顔を照らし、より一層姫川を美しくしている。
「落ち着きますね……」
俺は全く落ち着きませんが。
「そうだな、落ち着くな」
「温かいですね……」
羽織が無くなったので上半身がそれなりに寒い。
「そうだな。温かいな」
「こうしていると、だんだん眠くなりますね……」
逆に目が冴えてきましたが?
「そうだな。眠くなるな」
「月が、とても綺麗ですね」
「姫川も綺麗だな」
月も綺麗だけど、星もきれいだよな。
「て、天童君。今、なんて?」
え? 俺いま何と言った?
突然姫川は俺の膝から頭を上げ、俺の目の前まで顔を近づけてくる。
え、あ、いや、俺何か言った?
色々と考えていたら、思わず声に出てしまったかもしれない。
俺の手に姫川が自分の手を乗せてくる。
その手は小さく、柔らかく、そして、ぬくもりを感じる。
互いに見つめ合い、月の光が俺達を照らしている。
ほんの数秒、沈黙の時間が流れる……。
「わ、私、天童君の事が、す――」
――――ピロリローン ピロリローン
メッセを受信した音がスマホから鳴り響く。
誰だ? こんな時間にメッセを送る奴は。
「あ、ちょっと待って」
俺はポケットからスマホを取り出し、画面をタップする。
高山からのメッセだ。何か急ぎの用事でもあったのか?
『やっぽー! 勉強はかどっているかい! あとさ、ナデシコに一緒に来る予定の女の子、誰か聞いておいてくれ! んでもって、明日教えてくれー! 頼むぜ戦友! じゃ、おやすみ! 外はまだ寒いから、風邪ひくなよっ(笑』
若干イラっとしたが、そのまま何事もなかったかのように、スマホをポケットに放り込む。
画面から目を離し、姫川の方を見ると表情がいつもと違う。
「悪い、話切っちゃって。で、どうした? 俺の『す』ってなんだ?」
「へっ! あ、て、天童君の『ス』マホ、誰からだったの?」
やっぱ姫川も気になるよな。こんな時間にくるメッセだし。
内容を姫川に伝え、誰が来るのか聞いてみた。
「高山君からのメッセですね。覚えました。この件については私が明日中に直接対応します」
若干声にとげがあるような気がしますが、まぁ問題ないでしょ。
さっきよりも風が強くなり、だいぶ冷えてきた。
「随分寒くなって来たし、時間も時間だ。そろそろ寝るか」
「そうですね。部屋に戻りましょう」
俺達は縁側を後にし、部屋に戻る。
そして、少し冷えた体を布団に入れ、互いに一言も話すことなくそのまま寝に入ろうとする。
段々と意識が遠ざかっていく。
「好き、です……」
何か聞こえた気がした。
半分夢の中に意識が持っていかれつつ、布団の中で寝返りを打ち姫川の方を覗く。
「姫川、何か言ったか?」
しばらくしても返事が無い。寝てるのかな?
何か聞こえたのも寝言かもしれないし、多分気のせいだろう。
天井で光る常夜灯を見つめながら、俺の意識は飛んで行った……。
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