第45話 買い忘れ


 さて、今日は久しぶりに一人になる時間が取れる。

ここ最近、なんだかんだで人の出入りが多く、一人っきりになる時間が取れなかった。


 時間はまだ夕方。姫川の帰宅まで二時間以上ある。

少しくらい休憩してもいいよね? 昨日はそれなりに勉強したし。


 俺は本棚の隅にある一冊の本を取り出す。

先日新刊で買ったばかりの本だ。まだ数ページしか読んでいない。

折角新刊で買ったのに、本棚の肥やしになりつつある。


 そういえば、この本を買った日に姫川がうちに来たんだっけ……。

少しだけフラッシュバックする記憶。ベンチに座っている姫川を思い出す。

あんな悲しそうな顔した姫川は、もう見たくないよな……。




――


 気が付いたら日がすでに落ちかけており、街灯の灯りが見える。

どおりで本が見にくいはずだ。部屋が暗い。

時計を見ても時間の流れが早すぎる。あっという間に一人時間は終わりの鐘を告げた。


 部屋の灯りをつけ、時間を確認するとそろそろ夕ご飯の準備をしないといけない時間だ。

今日、姫川はバイトなので一人分で済ませるか。


 大鍋に水を入れ、火にかける。適当にフライパンへ野菜を入れ、炒める。

今日は適当パスタにしよう。


 ゆで上がった麺をフライパンに入れようとしたが、どうやら麺が多かったらしい。

無意識で一人前よりも多い麺を入れたっぽい。

余った麺は少しタッパに入れて取っておくことにする。


 あとは、フライパンにパスタソース(レトルト)を入れれば完成。

ついでに適当サラダもついている。


 一人夕飯を取る。時計の音がいつもより大きく聞こえるのはきっと気のせいだろう。

最近は姫川と夕飯を取る事が多かったが、一人だとこんな感じだっけ?

昨日が騒がしかったからそのように思うのか? 少しだけ寂しいと感じる自分がいる。


 一人で食事を終わらせ、何となくテーブルに向かいノートを開く。

そこには姫川の書き込んだ文字が。

どう見ても女の子の可愛い文字だ。少しだけ照れ臭くなる。

しかし、まとめ方は素晴らしい。もしかしたら自分の学力も上がるのではないだろうか?


 参考書を開き、姫川の帰りを待つことにする。





――


 遅い。結構時間が経過したが姫川はまだ帰ってこない。

何か事故にでもあったのか? それとも他に何か……。


 そうだ、買い物に行こう。

買い忘れた物があるから商店街にひとっ走りいかないと。

俺は支度もそこそこ商店街に向かって走り出し、そのまま商店街を抜け最寄りの駅まで休む事無く走り続けた。


 駅に到着するとちょうど電車が入ってくる。

改札口から出てきたサラリーマンの方や学生、多くの人が出てくる。

そして、最後の方に見慣れた顔の少女が見えた。


 俺は人ごみの中、遠目で姫川を目線で追いかけていた。

そして俺の姿に気が付いたのか、姫川はこっちに向かって手を振ってくる。

反射的に俺も手を振ってしまった。が、良く考えたら恥ずかしくないか?


 そして、目の前に現れた姫川はなぜか満足そうな顔つきをしている。

何かあったのだろうか? もしかして、バイト先で何かいい事でもあったのか?


「おかえり」


 俺は一言だけ姫川に伝える。


「ただいま。迎えに来てくれたのですか?」


「いや、買い忘れた物があったから、そのついでに来てみただけだ」


「それでも嬉しいですねっ。ありがとうございます。でも、一人でも帰れますよ?」


「今日はたまたまだ。買い物したら帰るし、明日はこない」


 俺達は二人並んで商店街を歩き始めた。


「何を買い忘れたんですか?」


 何を買い忘れた? 何だっけ? えっと……。


「姫川、今日バイト初日だっただろ? ちょっとお祝いでケーキでも買おうかと思ってさ」


「ケーキですか! ケーキは最近食べていなかったので嬉しいですねっ」


 笑顔で俺の方を見てくる姫川にドキッとする。

姫川の髪が風で少しだけ流されていく。

その髪に俺の目線は釘付けで、垣間見る姫川の笑顔が尊い。


「ケーキ屋さんはどこですか! 何個食べていいですかね?」


 ……俺の純粋さを返してほしい。

やはり学校とのギャップがありすぎる。どっちの姿が本当の姫川なんだ?


 あれ? 何か同じような事を姫川に言われた気がする。


 『どっちが本当の天童君?』

どっちも俺だろ? 姫川から見たら違うのか?


 俺もあの時の姫川と同じように疑問に思ってしまった。

学校の姫川。

駅前のベンチにいた姫川。

お好み焼きをたくさん食べて、翌日に走り込んでいる姫川。

ケーキを楽しみにしている姫川。


 全部同じ姫川だろ?

ただ、その時の環境で周りに合わせているだけだよな?

だったら、今は俺に合わせているだけなのか?

一つ、自分の中に疑問がわいた。


「こんな時間だ。残りは少ないから早めにケーキ屋へ行った方がいいな」


「い、急がないと! 天童君も早く!」


 姫川は俺の袖を握り走り始めた。

ケーキの為なのか、俺に合わせるためなのか。

だが、今はこれでいいと思っている。


 本当の姫川は、姫川自身、本人にしかわからないのだから。

だったら俺は俺らしく、姫川に付き合っていこう。

まだこれから先も、俺達の付き合いは長くなるのだから……。

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