第44話 バイト開始


 家庭教師。つまり、俺に勉強を教えてくれる人の事だ。

どうする? どう答えたらこの状況を切り抜けられる?


――隣の大学生に教わった

 そんな人は存在しません。


――姉さんが教えてくれることになった

 そんな人も存在しません。


――図書室で出会った図書委員の先輩が教えてくれた

 誰ですかそれは?


 どう答えてもおかしい結果になってしまう。仮に、友人、知人、親戚など誰を出しても、

『どうして急に教わる事になった?』

『その年上女性とはどんな関係なんだ?』

と、質問攻めにあう予感がする。


いっそ本当の事を言うか?


『まじか! あのナデシコが! だ、大事件じゃないか!』


 いかん、いかん。高山が大声で叫びそうだ。

こっちの方がもっと大事件になってしまう。


 幸いな事に高山は俺が一人暮らししている事を知らない。

と言うより、クラスメイトはもとより、この学校に俺が一人暮らしをしているという事を知っている生徒は姫川のみだ。


 俺は焼きそばパンを机に置き、ロボットのようにゆっくりと高山の方に振り返る。


「焼きそばパン、手に入れるの大変だっただろ」


「そうなんだよ! 思ったより購買に列ができていてさっ! いやー、ダッシュで購買まで行ったのに結構並んだなー」


 そうそう、話題を変えて切り抜けてしまおう。

きっと高山の事だから何とかなるだろう。


「感謝している。この焼きそばパン、最高にうまいな」


 満面の笑顔で高山に笑顔を振りまく。

俺にとっては珍しい光景に違いない。


「……天童らしくないな。そんなに愛想良くないだろ? 何を隠している?」


 しくじった。いつも通り無愛想にしていればよかった。

どう切り抜ける? 俺の脳内は今までにないくらい加速し、最善の答えを探し求める。


「か、母さんだ。たまたまノートを見られて、書き込まれた」


 しばし沈黙の時間が流れる。

高山は俺のノートをパラパラと数ページめくり、パタッとノートを閉じる。


「は、母親に書き込まれたのか? それはちょっと恥ずかしくないか?」


「しょうがないだろ。俺のまとめ方が上手くないって……」


「そうか……。この件は秘密にしておいてやろう。その年で親に直されるって……」


 よし、何とかいけそうだ。俺の事はどうでもいい。

姫川との関係が表に出るよりはるかにましだ。


「そうだよな。俺だって少しは気にするさ」


「きっと、天童よりも勉強ができる母親なんだろうな。うちのかーちゃんとは大違いだ」


 再びノートをめくり、模写していく高山。

なんとかこの場を切り抜けることができたが、うかつな行動をとってしまった。


 姫川の書き込んだノートをむやみに見せてはいけない。

そして、母親を出してしまったが、ここ最近話もしていない。

これ以上高山に母親の事を突っ込まれたら、ぼろが出てしまいそうだ。



――キーンコーンカーンコーン


 昼休みも終わり、無事にノートをすべて回収。

高山はギリギリまで模写していたが全てを終わらせることができなかったようだ。

ノートの貸し出しを希望してきたが断った。

俺だって帰ったら勉強するのだ。このノートは必要になる。


 明日も昼に貸すことになったが、問題はないだろう。

そして、放課後になり、帰ろうとする俺に高山が声をかけてくる。


「なぁ、ナデシコバイト始めたんだって。さっきクラスの女子から聞いたんだけど、天童知ってるか?」


 情報回るの早っ! 

確かに今日からバイトに行くことになっているが、姫川がバイトを始めることを知っているのって俺だけのはず。

どこから情報が漏れた?


「バイトか。まぁ、姫川だってバイト位するだろ?」


「あまり驚かないんだな。俺はさっき聞いて結構驚いたのに」


 もしかして、探られているのか? それとも天然か?


「バイト位誰だってするだろ? 俺だってしているし」


「まぁ、そうだけどさ。女子が今日の放課後、ナデシコをスイーツショップに誘ったら、バイトだからって断られたって。みんなびっくりしてたぜ?」


 俺はその話題から抜け出したいと思い、バッグに必要なものを投げ込み、席を立つ。

姫川の席はすでに空っぽで、恐らくバイト先に向かっているだろう。


「じゃ、俺は帰るよ。テスト対策しないとな」


「天童は本当にナデシコに対して興味が無いんだな。まぁ、今回の映画作戦は天童の結果に左右される。くれぐれもよろしくな」


 高山……。他力本願ですな。少しは勉強してるよね? 全て俺に任せているのか?


「まぁ、一科目くらいなら何とかなるだろ」


「母親の力を借りて、懸命に頑張ってくれ。おっと、これは秘密だったな……」


 少しニヤニヤしながら、俺の顔を見てくる高山。

少しイラッとしたが、ここは流しておこう。

下手に騒いだら、逆に問題になりそうだ。


「じゃーな」


「勉強頑張れよ!」


 お前もな! と心の中で叫び、俺は学校を後にする。



――


 帰宅前にアーケードによって、少し店を回る。

ふと、インテリア雑貨の店に目が行く。


 店前に設置されているワゴンには食器やスプーン、箸など食器周りの品が目に入る。

そして、姫川がうちに来てから少しだけ食器が足りない事を思い出した。


 セールと書かれたワゴンを漁り、お買得になっている箸とスプーン、フォークなどを何点か購入。

そのまま会計を終わらせ、バッグに詰め込む。


 駅に向かって歩いていると、バイト先の喫茶店が見えてきた。

姫川は今日、明日と短時間だがシフトに入っている。


 少し気になるが、俺自身今日はシフトに入っていないので、店に行くのも変だ。

歩きながら窓越しに店内を見てみると、姫川はホールでトレイを片手に注文品を運んでいる所だった。


 動きに機敏さはないものの、喫茶店の制服に身を包んだ姫川は結構可愛い。

そして、笑顔でホールを歩き回っている姫川の姿を、若いスーツの男性はずっと目線で追っている。


 姫川の姿を確認した俺は、少しだけ鼓動を早くしながら、心の中で『頑張れ』と姫川にエールを送った。

それと同時に、姫川を目線で追う男の目線に、少しイラッとしてしまったのも自覚してしまった……。

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