第46話 料理の腕



「三個しかありません!」


 洋菓子店に着いた俺達の目の前には、カットケーキが三種で三個。

姫川さん『三個しか』って言いましたが、一人で食べるんですか?

うーん、とりあえず全部買っておくか。余ったら俺も食べるし。


「すいません。残りのケーキ全部下さい」


「ありがとうございます。最後だし、少しおまけしますね」


 店員さんはケーキの他にクッキーも何個か袋に入れてくれた。

あまり物には福がある。運が良かった。


 ケーキの入った袋を姫川が受け取り、満面の笑顔で歩き始める。


「楽しみですね! 三個ともおいしそうでした!」


 全部食べる気ですね。俺の分はノーカウントですか?

別にケーキとかいらないし。そこまで甘党じゃないし、俺。


「帰ったら早速準備しましょう!」


「準備? 何の準備だ?」


「ケーキを全部半分にして、紅茶を入れないと! 天童君はコーヒーが好いですか?」


「俺は紅茶でもコーヒーでも、どっちでも姫川に合わせるよ。で、ケーキ半分って、なんだ?」


「三個のケーキをそれぞれ縦に半分、二人で分けっこです。全種食べたいじゃないですか!」


「そうか、半分か。カロリーも半分で姫川にもいいかもな」


 俺は少しにやけ顔で姫川に返事をする。

半分か。一人ではできないけど、二人だったらできるな。


「そ、そうかもしれませんが、食べたら運動して消費すればいいんです!」


 少しだけ頬が赤くなっている姫川。もし、これが素の姫川だったら、学校でも付き合いやすいかもしれない。

でも、学校の姫川はとっつきにくい。お嬢様オーラが出ているというか、冷たい感じがする。

まぁ、俺はこの方が話しやすいからいいけどな。





――ガララララ


「ただいまー」


「おかえりー」


 俺が玄関の鍵を開け、先に中に入る。

とりあえず帰宅後のあいさつを済ませると後ろから姫川が『おかえり』と、声をかけてくる。

段々このやり取りにも慣れてきたような今日この頃。

俺達は少しだけ目線を交わし互いに笑みをこぼした。


「そうだ、夕飯食べたか?」


「今日は短時間のバイトだったので、まだですね」


「何か軽く食べるか? この後ケーキも食べるし」


 玄関で靴を脱ぎながら交わす会話。

管理人と下宿人の会話のはずなのに、少しだけ違和感を感じる。

ばーちゃんとかこんな感じで下宿の皆と接していたのかな?


「もし、お手間でなければお願いできますか?」


「はいよー。じゃぁ、ケーキは冷蔵庫に入れておくな」


 俺はケーキの入った袋を姫川から受け取り、そのまま台所に移動する。

冷蔵庫にケーキの入った箱をそのまま入れ、さっき作ったパスタの麺とサラダを出す。

なお、パスタソースの在庫はない。俺が使い切ったからだ。


 適当に再調理し、テーブルに並べて置く。

少し、時間をおいて姫川がダイニングにやって来た。


「お待たせしました」


 姫川の部屋着は少し大きめのワンピース。

ゆったりとした服装は、気分をリラックスムードに変えてくれる。


「ほら、適当だけど。それ食べたらケーキを食べようか」


 姫川の目の前にあるのはサラダパスタ。

余ったパスタの麺にサラダを混ぜ、ドレッシングで和えたものだ。

これからケーキと戦うので、カロリー低めにしたつもりです。


「おいしそうですね……。いただきます」


 フォークを片手にとり、クルクルと数回回転させ、パスタを口に運ぶ。

姫川の顔から笑みがこぼれる。

それを見てた俺は、なぜか嬉しく思ってしまう。


 自分の作った食事を、微笑みながら食べてくれる姫川。

この空気が、以前よりも居心地が良いと感じているの俺だけだろうか?

一人よりも二人が。姫川も同じように何か感じているのだろうか。


 不意に姫川の顔に雲がかかってきた。

さっきまで笑顔で食べていたのに、急に持っていたフォークをテーブルに置く。

皿にはまだパスタが残っているが、姫川は両手をテーブルの下に隠してしまった。


「おいしいですね」


「それは良かったな。多かったか?」


「いえ、そうではないんですが……」


「何かあったのか? 遠慮なく言ってくれ」


 まずかったのか、麺が固かったのか、ドレッシングが合わなかったのか。

思い当たるふしは多々ある。


 ……そうか! 料理者としては、食する者の好みも理解しないといけないのか!

勉強不足でした! きっと姫川は好きなドレッシングとかあったんだ!


「天童君は、もともと料理できたんですか?」


 おっと、予想外の質問。

そんな事聞かれるとは、全く予想していませんでした。


「んー、一人暮らしする前に少しだけかな。中三の春休みに母親に教わった。一緒に作って、食べて。それだけかな?」


「お母さんと一緒ですか……」


 姫川の前では母親の事はあまり話さない方がいいかもな。

姫川から話してこない限り、俺から母親の事を話すのは控えておこう。

デリケートな問題だしな。


「姫川だって俺と一緒に料理していれば、俺と同じくらいは作れるようになるさ」


 少しだけ姫川の顔に笑顔が戻った。

もしかして、もっと料理の腕を上げたいのかな?

だったら、俺と一緒に料理して、俺と同じくらいになれば問題ない。

姫川は物覚えもいい。きっとあっという間に俺よりも上手くなってしまうだろう。


「そうですね。一緒に料理していきましょう」


 再びフォークに手をかける姫川。

なぜか皿を見つめ、さっきよりもフォークが高速回転している。

俺の目には姫川の頭部しか見えない。

何故俺から顔を隠す? 食べる所を見られたくないのか?


「あ、思い出しました。店長から天童君にって」


 急に顔を上げた姫川。そして、渡された一枚の紙。

普通の連絡はスマホに来るはずなので、それ以外の連絡だ。

一体なんだ?


 俺は恐る恐るもらった紙を開き始めた。

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