第33話 予期せぬ訪問者
――そして、姫川のいない朝を迎え、学校に行き、足が重い中帰宅。
帰宅後は姫川と少し話をしたのち、夕食をとる事になる。
その夕飯中、若干変な空気が流れていたので、話題を切り替えたのはいいが、この後姫川のお父さんがここに来ることも同時に思い出した。
今まで持っていた箸が急に重くなる感じがする。
「肉じゃが、喜んでもらえてよかったな」
「そうですね。目を丸くして食べていました」
今日肉じゃが。昨日も肉じゃが?
ん? ここ最近、肉じゃがしか食べていないんじゃないか?
それでも、姫川の作った料理は初めの頃と比べると随分良くなったと思う。
これからレパートリーを増やしていけばきっといい嫁さんになる事だろう。
と、そんな事を考えていたら俺の重い箸はフリーズした。
嫁って、別に誰のとは言っていない。いつか姫川は誰かと結婚し、家庭を持つだろう。
その時に肉じゃがしか作れなかったら困るはず。
レパートリーは増やした方がいい。
自分にそう言い聞かせながら、茶碗に盛ったご飯を口に運ぶ。
「そろそろ来ますかね?」
「夜って言っていたけど、具体的に何時に来るんだ?」
今日、俺の足が重かった理由はここだ。
姫川のお父さんがやってくる。ただ、下宿人の保護者が来るだけなのに、俺の足は鉛が付いたように重くなった。
服装とか、髪型とか、すっごい考えたが、いつも通りで良いことにした。
その時だけ繕ってもボロが出るだけだ。ありのままに、そのままで。
でも、さすがにジャージはやめておこう。
普通のチノパンに白の長袖シャツ。いたって普通の服装で迎えることにした。
食事も終わり、二人で食器を片付ける。
姫川はカップと紅茶の準備をしている。俺は一人、ソファーに座りながら瞑想をしている。
目を閉じ、これから起こるだろう対談に対して、どう対応するのがベストなのか、頭の中で考えている。
瞑想中、ソファーが沈む。姫川が隣に座ったからだ。
「そんなに考え込まなくてもいいですよ?」
瞑想をやめ、姫川の方に目線を移す。
白いワンピースを身にまとった姫川は特に緊張していない。
まぁ、自分の親が来るだけだし、昨日も親と一緒だったし、緊張する理由が無いんだよな、きっと。
もしかしたら、俺の親が来た時、姫川は今の俺と同じような心情だったのかもしれない。
これはアカン。緊張してきた。昨日、姫川をあまりフォローできなかった自分がちょっと嫌になる。
「いや、そこまで考え込んでいないが、緊張しちゃって……」
すると、急に俺の両頬がつねられた。
「そんな怖い顔しないで、こうやって、ニコニコしていれば大丈夫ですよ」
いや、怖い顔とかしてないし。へらへらしていたら、姫川のお父さんに変な奴だと思われるかもしれないし……。
まだ頬をつねっている姫川はニコニコしながら俺の頬をぶるぶるさせてくる。
「ほら、笑ってください。大丈夫ですから」
「分かった、考え込むのはやめるから、頬から手を離してくれ」
ぱっと手を離した姫川は、ソファーから立ち上がり、台所に向かって歩き始める。
「紅茶、入れましたよ。お父さんが来る前に、二人で飲みませんか?」
俺は立ち上がり、姫川の入れてくれた紅茶を一口飲む。
お、うまいじゃないか。いい香りがするし、気分が落ち着く。
「いい香りがするでしょ? 生前、お母さんが好きだった紅茶です」
「いい香りだな。気分が落ち着くよ」
「この紅茶、お父さんも気分が落ち着かない時に、お母さんに入れてもらっていたんです」
そんな姫川のおうち事情を聞きながら、二人で紅茶を楽しんだ。
――ピンポーン
来た! ついに来ました!
「行ってくる」
俺は、服装を見直し玄関に出向く。
初めまして、姫川のお父さん。私が天童司です。
上手く言えるだろうか。
「はい! 今行きます!」
――ガララララ
玄関の扉がゆっくりと開く。
そこにはまるで山のように体の大きなムッキムキな男が立っていた。
「天童さん! お届け物です!」
玄関に入ってきたのはいつもうちに配送物を持ってくる、宅配便のおじさんだった。
「ここに置いておきますね! はい、ここにサインを」
俺は一言も話さず、目の前に置かれた小包を片手に取り台所に戻って行った。
非常に疲れた。このタイミングで来るか普通?
「荷物ですか?」
「あぁ、少し前に頼んだ通販が今届いた」
夜の時間帯だったら大体自宅にいると思い、時間指定をしておいたんだっけ。
まさかこのタイミングで届くとは、誰が予想できようか。
二人で顔に笑みを浮かべながら紅茶を飲む。
はぁ、何だかな……。緊張の糸が若干緩んでしまった。
「多分、そろそろ来ますよ」
「来るなら早く来てほしいんだが……」
内心ビビっている俺がいる。
姫川のお父さんに何を言われるのか、いきなり怒鳴られたりしないよね?
会った瞬間に殴られたらどうしよう……。
そんな事を考えながら、香りのいい紅茶を飲む。
――ピンポーン
今度こそ来た! 今度は間違いない!
「はーい!」
俺は急いで席を立ち、玄関に向かう。
――ガララララ
玄関を開けたのはスーツを着たおじさん。
手には紙袋と黒のビジネスバッグを持っている。
見た感じ優しそうなおじさんで、顔つきも微笑んでいる、
俺は、内心ほっとしながらスリッパを床に置いた。
「どうぞ」
おじさんは玄関に立ったまま、俺に話しかけてきた。
「君が天童司君かい?」
「はい。初めまして、天童司です。姫川さんと一緒の高校に通っています」
「私は姫川雄三。ここでお世話になっている姫川杏里の父です。お邪魔させていただくね」
スリッパをはき、俺の後についてくる姫川の父さん。
ほんの少し、言葉を交わしたが、見せている笑顔とは別に、何か威圧的なものを感じてしまった。
優しい笑みの裏に見える何か。自分の父親とはタイプが違うのか、背中に物凄い威圧感を感じる。
「お父さん、遅かったね。仕事長引いたの?」
「すまないね、ちょっと会議が長引いてね」
俺の目の前に姫川の父さん、その隣に姫川。
二対一の構図がここに生まれた。自分の家なのにアウェー感がある。
紅茶を入れ、配膳する姫川。
「このカップ、持ってきたんだね」
姫川のお父さんが、カップを見て一言話した。
これは姫川がタワーに行った初日に持ち出したカップだったはず。
「うん。これだけは絶対に手元に欲しくてね」
それから、少しだけ今の学校の事や家の事を三人で話し、普通の会話が進んで行った。
そして……。
「杏里、ちょっと席を外してくれるかい?」
姫川は無言でうなずき、席を外した。
沈黙の時間が流れ、部屋には時計の秒針がコチコチと時を重ねる音のみが響き渡る。
非常にしんどい。何か話をしなければ。でも、いったい何を話せばいい?
自分の中で色々と考えるが答えは出ない。
姫川の父さんは手に持っていたカップを置き、俺を真っ直ぐに見てくる。
そしてその口が開き、一言俺に問いかけてきた。
「司君。君の本心を知りたい。杏里をどうしたいんだ?」
俺はその問いかけに即答できなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます