第6話 湯上り少女の破壊力


 火照った体からうっすらと湯気が見え、頭に巻いたタオルは姫川の髪をアップにしている。

しかし、着ている服はどう見ても寝る服ではなく普段着だ。

令嬢は寝る時も普段着なのか? 物凄く気になってしまった。

しかし、その湯上りな姿を一般男子の俺の目の前に出すことはもはや犯罪に近い。

流石の俺も動揺してしまう。


「その格好で寝るのか?」


 姫川はそのまま台所にあるテーブルに座り、こっちを見ている。


「急な事だったから寝間着とか持ってこなくて……」


「はぁ……。ちょっと待ってろ」


 俺は自室に戻り、適当に服を漁る。


「ほら、そんな服じゃ寝にくいだろ。今日はこれ貸してやるよ」


「あ、ありがと。ごめんね、迷惑かけてしまって」


 一言俺に告げると、姫川は再び風呂場に戻っていた。

数分後、再び姫川が台所にやって来た。さっきよりも破壊力がまし、どこを見ていいか分からなくなる。

湯上りの美少女に、男物のシャツ。そしてゆったりとしたショートパンツ。

俺のチョイスが間違ったのか、それともこれが正解だったのか。

え? 俺は寝る時ジャージだよ。夏はハーフパンツだけどさ。


「お風呂を借りたうえに服まで借りちゃって……。ごめんね、助かります」


 俺は姫川から目線をそらし、台所の蛇口をひねる。水が勢いよく出てきて、少しはねる。

姫川の視線を背中に感じながら俺は無心に皿に着いた洗剤を洗い流す。


 すると隣から石鹸の匂いが漂ってきた。

俺の隣に来た姫川は、俺の顔をまじまじ見ている。


「洗い物位だったら私がするのに。かわって?」


 そんな格好で俺に近寄るな。意識しないようにしていたが、どうしても目線が行ってしまう。


「風呂上りだろ? 別にしなくてもいい。それに、もう終わる」


 俺は早々に洗い物を終わらせ、姫川から距離を取る。

石鹸の香りがする、風呂上りの彼女は攻撃力が高すぎる。俺の防御力をいとも簡単に突破しその目線はクリティカル攻撃を繰り出してくる。

このままでは俺が撃沈してしまう。先に風呂を案内したのが敗因だな。自分の甘さに腹が立つ。


「俺は風呂に行く。もし、まだ寝ないならリビングでテレビ見るなり、ソファーで転がるなり、好きにしててくれ。もちろん先に寝てくれても構わない」


 俺は逃げるように台所を去っていく。あのままいたら非常にまずい。

早々に風呂場に行き、スポポンになって湯船につかる。


 はぁー、いい気持ちだ。落ち着く。

ふと、湯船に浮かんでいる髪の毛を見ると、あからさまに俺のではない長い髪がそこに漂っている。


 クラスメイトの姫川が入った風呂。そこに俺が入っている。

……のぅぁぁぁ! 俺は勢いよく風呂から出て、シャワーを浴びる。


 ダッシュで髪と体を洗い、早々に風呂から出る。

やばい、俺は何を考えている? いつもの俺ではない。一体どうしちまったんだ俺は?

今まで問題を避け、人を避け、こんな感情を抱いたことなどなかったのに。

ジャージに着替えながら髪をオールバックにし、首にタオルを巻く。


 風呂場から出るとまだリビングの明かりがついている。

なんだまだ寝てないのか? 俺はそのままの格好でリビングに行き、状況を確認する。

まさか、ソファーで寝落ちしているとか無いよな?


 ドキドキしながらリビングに入ると、ソファーで横になり、目を閉じている姫川がいる。

俺は『どうしてこうなる?』と一人ツッコミを心の中でしながら台所に行き、冷蔵庫から牛乳パックを取り出す。

腰に手を当て、グイっとラッパ飲み。これが俺の風呂上りの習慣だ。おかげさまで、背もそこそこ高くなっている。


 飲み終わった牛乳を冷蔵庫に戻し、再びリビングに。

寝息を立てている姫川は無防備で、髪も乾かしていない。そのままだったら確実に風邪をひくだろう。

初夏と言っても、まだ夜は肌寒い。


 さて、どうしたものか……。

目の前には髪も乾かさず、寝息を立てている姫川。

あまりにも無防備で、この状況を俺にどうしろと? 神があたえた試練か?

無言で俺は姫川の隣に移動し、肩をゆする。


「おい! 起きろ! 風邪ひくぞ!」


 肩を揺らしながら声をかける。

すると姫川はすぐに目を開け、俺の目を見てくる。


「お、起きています。もう、大丈夫ですよ。ですからそんなに激しくゆすらないで下さい」


 頭がガクガクするほどゆすったので姫川はすぐに起きてくれた。

良かった。このまま起きなかったらどうしようかと、本気で考えてしまった。

姫川は俺の目を真っ直ぐに見ながら上目使いで口を開いた。


「天童さんは、思ったより紳士なんですね」


 俺は返す言葉もなく、無言になってしまった。

思ったよりって……。俺はどう見られていたんだ?

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