第5話 姫川が不在の間に


 扉の向こうから姫川の気配が消えた、もう行ったかな。

パソコンのモニタを見ながら俺はスマホを手に持つ。

とりあえず、連絡をしておくか。


――プルルルルルル


「あ、俺俺」


『私に俺俺と言う知り合いはいないが?』


 コール先で電話に出たのは俺の良く知っている人間。

そして、その人間も俺の事を良く知る人間だ。


「息子の司だよ。本気で言っているのか?」


『冗談だ。珍しいなお前からこんな時間に電話をよこすなんて』


「ちょっとな。一人、実験要員として確保できそうだ。クラスメイトだが、問題はないだろ?」


 しばらく沈黙の時間が流れ、電話先で父は俺に問いかけてくる。


『お前が選んだ人なんだろ? 問題は起こすなよ?』


「今まで俺が問題を起こしたことあるか? フォローよろしくな」


 そう簡単に話すと、早々に電話を切る。

父とは仲は悪くない、どちらかと言うと良い方だと思う。

互いに深く干渉はしないものの、いつも親身に話を聞いてくれるし、答えてくれる。

俺の事も恐らく信用してくれているだろう。だから、深く詮索はしてこない。


 電話切ったあと、もう一度電話帳から選択し、再度コールする。



――プルルルルルル


 数回のコールの後、やっとつながった。


『こんばんは、天童君。こんな時間に何かあったのかい?』


 電話の先は女性の声。バイト先の店長だ。


「すいません、こんな時間に。急なんですが明日のバイト休めませんか?」


『明日! ちょっとシフト的に厳しいんだけど……』


 ですよね。日曜は忙しいですよね。

こんな高校生の俺でも、欠員が出ると痛いのは十二分に承知している。


「そこを何とか。もしかしたら、一人バイトが増えるかもしれないので、明日交渉したいんですよ」


『何! それは本当かい? それだったらいいよ。ちなみにその子のスペックは?』


 電話越しだが、耳が痛くなるくらいの大声で叫んでいる店長。

そこまで人が少ないのか? ブラックではないし、時給もそこそこ。まかないもある。

仕事場の環境だって悪くはない。


「女の子で、結構可愛いと思います。話し方も丁寧だし、きっと仕事もすぐに覚えると思います」


『分かった。是非、何としても、絶対に確保してくれ。本気で今人が足りないんだ。日曜も出れるんだろ?』


「多分。条件が合えば出れると思いますよ。あ、ちなみに俺と同じ高校生ですけど大丈夫ですかね?」


『問題ない。もし、話が決まりそうだったら連れてきてくれ』


 そんな話をしながら、俺は明日のバイトを急遽休む事に決めた。

今まで急な休みを依頼したこともない。シフトだって貢献的に希望を出している。

とりあえず、これでいいか……。


 電話をかけるのはあまり好きではない。

しかし、急な時や遠くの相手に伝えるためには電話は必須だろう。


 明日の事もそこそこ、俺は起動したパソコンの画面を見ながら、動画投稿サイトにログインする。

このサイトはアップした動画を公開し、見てもらった回数に応じ広告収入が入る。

要は、一度アップしてしまえば、定期的に収入が入るという素晴らしいものだ。


 俺はさっき準備したカメラをセットし、アップの準備に入る。

姫川は風呂に入っている。今ここで俺がどう行動しようとも、ばれることはない。


 俺はカメラの前に座り、撮影を始める。

今日のテーマはタワーだ。トランプでピラミッドを作ったり、コインを縦積にし何個重なるか撮影する。

物凄い地味な撮影だが、俺は毎週土曜の夜にアップしている。

地味に再生回数もあり、それなりに収入につながっている。地道にコツコツ投稿しているのだ。

働かなくても収入を得る。俺もそれなりに頑張っているのだ。


 撮影も終え、投稿も完了。これで俺の一日の仕事が終わる。お疲れ様でした。

その後、台所に移動し、明日の朝食の準備を始める。


 姫川は好き嫌いないと言っていたので、洋食にでもするかな。

冷蔵庫を漁り、適当に仕込みを終わらせていく。後は、明日の朝軽く準備するだけで朝食は食べることができる。


 あいつの事を考えながら食事の準備をするのも悪くない。

自分だけの為だったら、本当に適当に作ってしまう。栄養バランスや品数などの事も考えると、自分自身の為になる。

決してあいつに合わせて作るわけではない。自分の為に作るのだ。



――コンコン


『入ってもいいかしら?』


 台所にいた俺に姫川が俺に声をかけてくる。

もう上がったのか? 思ったより早かったな。女性の風呂は長いと聞いたことがあるが姫川はそうでもないのか?


「いいぞ」


 俺は一言伝えると調理を終えた用具と姫川が使用した食器を洗い始める。

扉を開け、入ってきた姫川の姿に俺はしばらく見惚れてしまった。

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