第7話

 彼女はリモコンを手に取りテレビをつけた。1から順にチャンネルを変えながら、たまたまやっていた深夜バラエティーでチャンネルを変える手を止めた。テレビの向こう側の芸人が笑っているの対し、彼女は眉一つ動かすことはなかった。「なんか面白いのないね。」と、彼女がぼやいた。

 「うん。」俺はその程度の返事のみした。なんとなく長ったらしい会話をする気は起きなかった。それからは、しばらく無言の時間が続いた。何故だか、その時間に窮屈さも覚えず、俺ものんびりとテレビを眺めていた。そうしていると彼女が「あ、そうだ。」と、冷蔵庫へ向かった。またもやタッパーを手に持っていた。「お兄さんもどうぞ。」と、タッパーの蓋を開けた。中には良い具合に漬けられている茄子の浅漬けが入っていた。唐揚げにしろ、この浅漬けにしろ、彼女の出してくる料理はどれも美味しそうである。疲れてお腹の減っている深夜に出されると何でも美味しそうに見えるのかもしれない。

 俺は「いいの?美味しそう。」と箸を手に取った。彼女は「どうぞー」と、自らも箸を取り食べようとしている。「あ、忘れてた。」と、立ち上がり再び冷蔵庫へ向かった。彼女は冷蔵庫から「これがいるんですよー。」と、辛子を取り出した。部屋に戻り、辛子をタッパーの上に少し出し、箸で茄子を取り少し辛子をつけた。彼女は幸せそうな顔をしながら「うまっ」と、それを頬張った。俺も同じようにそれをいただいた。辛子のつけすぎなのか、辛かった。俺は鼻をつまみ、辛さを抑えた。彼女はそんな俺を見て「つけすぎ」と笑っていた。続けて、「お兄さん、意外と鈍くさい?いや、終電も逃すし意外でもないのか」と、言った。俺は、ゲホゲホと咳き込みながら、辛い茄子をビールで流し込んだ。「やかましいわ。」と、俺も同じように笑って言った。

 それからは二人でテレビを見ながら世間話で盛り上がった。どんな本が好きなのか、酒は飲むのかなど、とりとめのない会話を延々と続けた。そうこうしてるうちに2つのタッパーの中身はなくなっていた。時間もだいぶ過ぎ、深夜2時を回っていた。

 知り合ったばかりの女の子の家で緊張しているのか、俺はそれほど眠気を感じてはいなかったのだが、いつもの習慣故に体は正直なのか意識せずに、あくびをしてしまった。「眠い?」と、俺の様子を伺うように聞いてきた、「いや、そこまでじゃないけど。」と、返事をした。彼女との会話は楽しかったし、このまま話していたい気分でもあった。しかし、彼女は「そろそろ寝よっか。お風呂先に入って。」と、俺の願望とは裏腹の提案をしてきた。彼女も俺との会話がつまらなさそうにしている訳では、なかった。彼女もきっと、眠いのだろう。

 「そうだね。お風呂はそっちが先に入って。一応、俺客人だし。」

 「一応って。今更?夜中に知らない女の家に上がり込んで何言ってんだか。先入って、私は色々片付けるからさ。」

 「そ?じゃあ一番風呂いただくね。」

 俺は、彼女に風呂の場所を教えてもらい、風呂へ向かった。俺は客人なので、気を遣って片付けの手伝いなどをするべきなのだろうが、食べる前に手伝おうとしたら断わられていることもあるので、あまりこちらが気を遣いすぎない方が良いと思った。ある程度普段通りの俺でいた方が彼女も安心し、無駄な気遣いをさせることはないだろう。

 シャワーで適当に汗を流し、風呂を出た。洗面台には、バスタオルと大きめのTシャツが一枚置いてあった。洗面台には扉がついており、安心して着替えることができた。この大きめのTシャツは誰の物だろうか。男性用のサイズと色味だ。彼氏の物だろうか。しかし、この家には男を感じさせるものはまだこのTシャツ以外見ていない。歯ブラシも1本だけだ。だが、彼氏ということはないだろう。彼氏がいるならば、こんな深夜に男を泊めることはしないだろう。

 俺は洗面台を出た。彼女は既に食器の片づけをしており、布団も敷いていた。布団には淡い黄緑色のカバーがかけられていた。その布団の上で彼女はまだスーツも脱がずに、座り込んで先ほど俺が買ったチョコを食べていた。俺は普段あまり甘い物を摂取するタイプではないのだが、他人が食べていると美味しそうに見えてきた。

 「頂戴。」

 そう言うと、彼女が無言で立ち上がり、俺の方へ近づいてきた。再びチョコをかじり、口に咥えた。そして、そのまま俺を見つめ、俺の肩に手を伸ばしてきた。俺はそのチョコを口で受け取り、食べた。口を離し、彼女の眼を見ながら「チョコ好きなの?」と、聞いた。彼女は少し笑い、「嫌い。」と言った。訳が分からん、なんなんだこの女は。

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