第6話

 彼女はキッチンでこれから飲むための酒のアテを用意し始めた。「簡単なものしかないよ。」とは言っていたが、それで十分だ。こんな時間にそれなりの量のご飯を用意してもらっても食べられる自信がない。

 「何か手伝おうか。」

 泊めて頂いている立場なので、気を遣った。彼女も仕事終わりで疲れているだろうし、早く食べたいだろう。

 「じゃあ、そこの棚開けてお皿出して、あっちの部屋に持って行っといて。アテは冷蔵庫の中にあるのを温めるだけだから、大丈夫だよ。」

 俺は「了解。」と、軽く返事をし、言われた棚から皿を2枚取り出した。ついでに、皿の近くに置かれていた箸も持っていった。その皿を隣の部屋に運んだ。机は、小さな正方形のローテーブルだ。どの様にして皿を並べるか悩んだ末、俺と彼女が対面に座り食事が出来るようにした。いくら何でも、ついさっき知り合ったばかりの男と横並びに飯を食べるのか気が引けるだろう。

 俺はローテーブルの前に腰を掛けた。ケータイを触ろうとして、ポケットに手を伸ばした。彼女の家の訪れた理由を思い出した。ケータイをまだ充電していないことに気が付き、俺は近くに置いていた自分の鞄の中から充電器を取り出した。

 「ケータイの充電していい?」

 キッチンでご飯の準備をする彼女に声をかける。彼女は「いいよ、そこにあるたこ線使って。」と、言ってくれた。俺は、「ありがと、借りるね。」と礼を言ってから、延長コードに充電器を刺した。

 先ほど彼女は延長コードのことをたこ線と呼んでいた。延長コードのことをたこ線と呼ぶのは関西人特有の文化だ。そう言えば、先ほどから言葉のあちらこちらに関西訛りの発音がある。一人暮らしだし、関西から上京してきたということも考えられる。俺は電子レンジの前でタッパーの中身が温まるのを待っている彼女を横目に見た。

 彼女はあくびをしながらケータイを触っている。俺の目線に気づいたのだろうか、座っている俺の方を見てきた。目が合う。ほんの2,3秒程目線を交わし、彼女はまたケータイに目を落とす。ラインでも見ているのだろうか。

 彼女がいるキッチンには電気がついておらず、俺が今いるリビングの明かりだけがついている。そのため、彼女がケータイを触ると明るい画面が彼女の顔を下から照らした。その横顔を俺はなんとなく見ていた。彼女は無表情とも真顔とも言えないような顔つきでケータイをマジマジと見ている。人のこんな顔を見るのは中々珍しく、なんだか気になりついつい見てしまった。しかし、ずっと見ていては失礼かと思い、俺は充電中の自分のケータイを手に取った。

 今時のケータイは充電が早い。数年前はケータイの充電が落ちようものなら10分程、電源が付くのを待ったものだ。まだ、2%しか充電されていないケータイにパスワードを打ち込みロックを外す。

 何件かラインが溜まっているが、すぐに返す必要のない内容だったため、とりあえず放置する。ツイッターを流し見していたら、チンっと電子レンジの音がする。

 彼女は電子レンジの扉を開け、タッパーが温いためか、指先でタッパーの端をつまむように持ち、リビングに持ってきた。

 中身は唐揚げだった。

 俺は、先ほど買ってきた缶ビールに手を伸ばした。ついでに彼女に「飲む?」と、聞いたら「うん。」と、返事があったので、彼女のほろよいの蓋を開けて渡した。彼女はそれ受け取り、俺の方に少し近づけた。俺も同じ様に、自分の缶ビールを少し前に出して、「カンパイ。」と、言った。缶の中の液体が重く揺れた。


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