第3話 道中
コンビニを後にした俺たちは、彼女の家へと向かった。彼女の家は駅からそれなりに離れているらしく、「結構歩くよ」と、教えてくれた。
「ごめんねー、坂道しんどくない?」と、俺に聞いてきた。俺は東京に来てもう数年が経つが、この辺には来た事がなかった。そのため、初めて見る風景ばかりが、俺の目には映っていた。ホテルらしきものは全く見当たらず、色々考えはしたが、大人しく彼女の家にお邪魔になることを選んで正解だった。
「いや、そこは大丈夫。ただ、駅までちゃんと帰れるかがちょっと不安。」
来た事がない場所の上に、何度か角を曲がってもいるので、本当に一人で帰られる自信がない。その上、夜更けだ。周りの景色を見て覚えようにも暗くて話にならない。スマホの地図を見ながら駅に向かうことは出来るだろうが、今の様にスマホを使えない場合も有り得る。
「あー、それなら大丈夫。明日朝早くなっちゃうけど、一緒に出れば問題ないでしょ。お兄さんも会社員…?だから早いでしょ?」
も、と言うことは彼女が会社員であることが判明した。しかし、何故俺が会社員であることが彼女には分かったのだろうか。俺についての話はまだしていない。どころか、彼女についてもまだ何も知らない。
「スーツだよ、スーツ。」
彼女が考え込む俺に解を教えてくれた。なるほど、スーツを着ている人は、大抵会社員に該当するという訳だ。スーツにも様々な種類があるが、就活生クラスから社長クラスまで、それぞれの仕立てはバラバラだ。また、スーツの皺も年季が入ると増えてくる。俺は、自分のスーツを見た。いかにも一般的な平社員が着てそうなスーツの仕立てだった。
「ねぇ、なんで俺の考えていること分かったの?」
俺のことを会社員だと推測したことについては理解できたが、俺が何を考えているかまで当てられたことが疑問だった。
しかし、彼女は俺の質問に答える訳でもなく、「んふふ」と笑った。そして続けて、「お兄さんは分かりやすいよ。」と少し微笑んでそう言った。
掴めない。
彼女という存在は、目の前にいるのにずっと掴めない。駅で、寝ている見知らぬ男性を起こしたり、よもやその見知らぬ男を家に泊めようとしたり、かなり危なっかしい。何も考えていない不用心な女なのかと思いきや、俺の考えを見抜いてくる。本当に何を考えているのかよく分からない。
彼女はまるで、たった一晩、俺の夢の中に現れたみたいだ。寝ても起きてもその存在は認識しているのに、よく考えると彼女が何者かさえも分からない。
「もう一個、謝ることある。うちの家結構散らかってるけど、ごめんね。平気?」
また彼女は俺の考えなどそっちのけで、別の心配事を尋ねてきた。そして、「めちゃくちゃ汚いという訳でもないんだけどね。」と、付け加えてきた。俺は、彼女の家にお邪魔をする立場なのだから、そんな事でケチをつけることは出来ない。「大丈夫だよ、気を遣わないで。」と、言っておいた。
そうしている間に、もう随分坂道を登ってきたからか、少し疲れてきた。まだ、歩くことはできるが、自分の知らない道をひたすらに行くのは、実際に歩いている距離よりも長く感じる。もうそろそろ、彼女の家にたどり着いてもおかしくない頃合いだ。
そういえば今更だが、彼女の家は実家なのだろうか、一人暮らしなのだろうか。実家より一人暮らしの方が気を遣わずに済むから、なるべく一人暮らしの方がいい。しかし、この辺りは一軒家とアパートの両方が多く、どちらになるかは彼女に聞くか、家に辿り着くかまで分からない。
そうして、俺がどうこう考えていると、彼女が、とある2階建てのアパートの前に立ち止まり、こう言った。
「着いたよ、ここ。」
「ねぇ、一人暮らし?」
「うん。」
俺は、ひとまず胸をほっと撫で下ろした。
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