証言4「future」

 俺たちは、この世界で生きていかなければならない。

 そこに柵があろうとも、未知なる道があろうとも。

 自分の愛を信じ、現象を疑い、自分の意志で動かなくてはならない。

 俺は、検察官である。法律に違反した犯罪や事件を徹底的に調べ上げ、犯罪者を裁判にかけることで、罰する仕事をしていた。

 犯罪者は皆、頭のおかしい奴らである。良心の欠落、判断能力低下、自己中心的思考、変なことに快感を覚える。汚らわしい獣である。



 あの日も、そう思っていた。また獣が来たのだと、忌々しい思いで尋問を開始した。相手は、目隠しをされた、……男だった。

 あいつは、自分が取材した事件の証言を始めた。自分の事件のことを聞く俺に、頑なに自分のことを話そうとはしなかった。正直、怒りが抑えきれなかった。

 罪を犯した人間が、他の罪人を責め立てることで、罪を帳消しにしようとしているのだと思っていたからだ。今までに、何度もそういう輩がいた。

 しかし、この男、いや女である有賀サヤは、全くと言っていいほど奴らとは違っていた。

 せがむような口調でなく、訴えるような口調。教師が、わからないと嘆く生徒に教えようとする口調。有賀サヤは、ただの罪人ではなかった。

 これから先、人間を判断し、裁いていく俺たちへの、メッセンジャーだった。

 人間を、経歴や見た目で判断しないこと。一回の過ちで、その人が悪い人だと判断しないこと。到底理解できなさそうな感情にも、すぐに否定せず、認めてあげること。それぞれの独特な思考を、わかろうとすること。

 有賀サヤという人間は、いくつかの例えをもって、俺に教えてくれた。俺という人間が生きていく上で、見なくてはならない柵と未知なる道を、あの人は教えてくれた。

 俺は、有賀サヤを尊敬したい。愛の暴走が故のあの事件も、ただの「頭のおかしい奴」が犯したわけではない。その現象の裏に隠された、いくつものドラマが散りばめられていた。その見落としてしまいそうな要素を、有賀サヤは一つも取りこぼすことなく拾い上げた。そして、俺に諭した。

 一見狂気的な有賀サヤは、どこもおかしくない。

 むしろ、素晴らしい人間なのだ。

 有賀サヤは、俺の心に嵐を呼び寄せ、自らの体と共に俺の汚れを落としていった。


 そして、俺の恋心も。


 きっと、最後にはわかっていただろう。


 なあ、サヤ。


 俺は、山田でも、山本でもない。


 添木イクオなんだ。


 愛していたよ、サヤ。


 ずっと、愛していた。

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私はどこもおかしくない 有髷℃ @yatagai

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