証言2「longing」
あなたが最近、狂っているなと思ったことを教えてください。
もちろん、いいですよ。
あなた、前にどこかで……?
はい、そうです。ボクも覚えていますよ。
「ボクは、あの子のことがずっと好きだった。好きで、好きでたまらないのに、ボクには話しかける勇気がなかった。
ボクは、あの子になりたかった。小さい顔、つぶらな瞳、バラ色の小さな唇、艶やかな髪、弾けそうな胸。あの子の服も好きだった。花柄のワンピースや、天使のようなふわふわのスカート。あの子の持つものすべて、自分のものにしたいと強く願っていた。
そしてボクは、女装癖を開花した。大学では、爽やかな好青年を装い、周りの馬鹿な男女どもを欺き続けた。キャンパス内で目が合う女は一瞬のうちに射止め、男には敬意を払わせた。
でも、一旦家に帰れば、ボクは女のフリをする。いや、女に生まれ変わる。あの子の好きなブランドの可愛いワンピースを、ガチガチの肩に着飾っていく。ゴツゴツの汚らしい二本の脚が、ふわふわのフリルから覗いている。気色悪かった。
あの子が着れば、この服はあんなに輝いて見えるのに、ボクが着た瞬間、こんなにも醜くなってしまう。神聖なはずのワンピースが、悍ましく禍々しいものへと姿を変えてしまう。
ボクの脚の付け根には、悪魔の顔がついている。普段は見えないはずなのに、周囲の人は皆、その存在に気づいてしまう。女の子には、あの子には、こんなものはない。神聖で清らかな、天使のような姿で、呪われたボクを誘惑する。
ボクはついに、悪魔の顔を排除した。これで、ボクは真の女になれる。股の間にしがみついていた悪魔の顔が、綺麗さっぱり消え去った今なら。でも、そんなに上手くはいかなかった。
何より不便だと思ったのは、周囲からの目だった。ボクは、大学で上位に入る美少年。成績も優秀、皆からの信頼も勝ち得ている。そんな人が女装を趣味にしていると、皆に知られてしまったら。ボクは間違いなく、社会的な死を迎える。
この世界には、正しい道が備えられている。先祖たちが作り上げてきたその道は、ボクにとってはただの柵でしかなかった。何か新しいことをするのにも、周囲は騒ぎ立て、注目し、何も言わずにこちらを見つめている。そんな中で、男という道を外れようとする者が現れたら、周囲はどういった反応を示すだろうか。
ボクは、悟った。ボクは、決してあの子になることはできない。男に生まれ、(悪魔の顔を失ったにしても)男の体を持ったボクは、どんなに頑張っても女にはなれない。周りが、それを良しとしない。
でも、そんなとき、レストラン『FRESH』を見つけた。人肉を料理し、皆で分け合うレストラン。人の道を外した者たちが集う、新しい道の新しい生き方。ボクは、そこで料理の勉強を始めた。
そんな中で、ある考えに至った。自分が食べたものは、自分を生成する糧となる。
つまり、食べてしまえばこっちのもの、ということである。
あの子を、ボクが食べたら。
ボクは、あの子のすべてを手に入れられるのではないだろうか。
この素晴らしい案を思いついた翌日、ボクはやっとあの子に近づくことができた。
『今夜、食事でもどう?目の前で料理してくれるおいしいお店で』
あの子は、ボクの好意に答えてくれるだろうか。家でこっそり女装をしている男に、あのきらきらの目を、僕だけのものにしてくれるだろうか。
あの子からの承諾の後、ボクは天にも昇る気持ちでいた。ボクがあこがれ続けていたあの子が、ボクの誘いを受けてくれた。満面のお日様のような笑みで、ボクだけに特別な光を与えてくれた。
午後七時になって現れたあの子は、あの子の好きなブランドの、新作のワンピースを着ていた。シンプルな薄水色の生地の上に、華奢なレースや花の刺繍が施されている。とても綺麗だった。
厨房に連れてきたあの子に催眠薬入りのコーヒーを飲ませ、眠りにつかせたボクは、あの子の顔をそっと撫でた。綺麗に整えられた細い眉毛の下に鎮座する、真珠のような瞳。その間に通る白い小さな鼻。そして、その下にはバラ色の唇。
その艶やかな唇に、ボクの唇は吸い寄せられていく。
触れた瞬間の、絶妙な冷たさ。
重ねるごとに響く、軽快なリップ音。
甘い匂いのするあの子の蜜を吸って、吸って、吸い続ける。
もうすぐ、あの子はボクのものになる。
あの子は、ボクの一部になる。
本当は誰にも分けたくないけど、分けないといけない決まりなのだ。ここには野蛮で下品な野郎がいなくて本当に良かった。
あの子の来ていたワンピースを、ゆっくり丁寧に脱がしていく。脱ぎかけの服から覗く白い肌に、ボクの目は釘付けになった。初めて見た本物の女体に目が眩む。女は、こんなにも美しかったのかと、改めて思い知らされる。あの子の美しい体は、目を覆いたくなるほど神秘的なものだった。
脱がせたあの子の足を天井に吊るし、体を逆さまにする。本当は眠っている間に調理するのだが、あの子は特別に起きている間に調理しよう。そうすれば、本当に「FRESH」なあの子を食べられる。
あの子が目を覚まし、ボクの瞳をじっと見つめる。
ボクは微笑み、あの子も微笑む。
この時、ボクたちは初めて通じ合うことができたのだ。
首を切り、歓喜で飛び出した血潮を愛おしそうに見る。関節を、大きな包丁で切っていく。肩、肘、腰、太腿、膝。
ありがとう。あの子はボクを受け入れてくれた。
ボクは、あの子の肉を食べる。あの子の心臓、腎臓、脳。
ああ、なんて美味しいのだろう。
あの子は、最後まで笑っていた。
口だけになった今でも、笑ったままボクの腕の中で眠っている。
ボクは、あの子の口を瓶から取り出し、笑ったままの唇を撫でる。
これだけ、これだけは、皆には食べさせなかった。
ボクの可愛いあの子。
ボクがあこがれた、あの子の小さな紅い唇。
あの子の唇は、今も生きているかのように麗しい。
ボクは、目の前にいる男に自分の女を自慢する。これが、ボクの彼女なのだ、と。ボクを受け入れ、認め、その優しい眼差しでボクを包み込んでくれたあの子。
そして、ボクのあこがれ続けた彼女なのだ、と。
あの子の唇に接吻し、また瓶に戻した。
男と別れ、ボクはまた『FRESH』の扉を開いた」
これが、ボクとあの子の愛の話です。
先日もご協力ありがとうございました。
いいえ。あなたの二回のインタビューのおかげで、あの子とボクの絆はより確かになった。ボク達はこれで退散します。さようなら。
さようなら。
*
僕は、山本君の次の言葉を待った。彼の頭は今、どうなっているのだろうか。混乱、疑問、狂気、恐怖。これらの言葉に当てはまってしまうというなら、僕はここで自ら命を絶とう。
「これは、『人肉レストラン事件』の真相なのか」
「正解です」
山本君は、長い、長いため息をついた。
「この事件は、加害者側が死刑宣告を受けた」
「そうですね」
「でも、この加害者にも感情はあったのだな」
「そうですね」
何かが、僕の拳を包み込んだ。
「お前にも、ちゃんとした感情があったのだな」
「そうですね」
僕の手を包んでいたのは、誰かの手だった。そして、固く閉じられた僕の拳を、ゴツゴツした指で解していった。
「お前も、一度は解放されていたのにな。どうして、また……」
僕は、何も言い返さなかった。いや、言い返せなかった。
ギィッという扉の開く音がした。
「……こいつを連れていけ」
突如、僕の体は持ち上げられ、扉の外へ運ばれていく。僕はどこへ連れていかれるのだろうか。まだ全てをわかってもらえていないのに、山本君は僕をどうするつもりなのだろうか。
「ほら、入れ」
僕は、連れてこられた場所に、恐る恐る足を踏み入れた。目隠しを依然されているため、外界の様子が全く分からない。僕は、殺されるのだろうか。
心臓の音が、大きくなっていく。命の危険を察知した僕の背中には、冷や汗が滲んでいる。
結局、僕はただの馬鹿だった。
こんなことになるのなら、初めから真実を言えばよかった。理解するだとかされるだとか、そんなもの気にしている場合ではなかった。ただ、伝えればよかった。
そうすれば、彼の魂は報われるというものだ。
「被告人、前へ」
突如、太い男の声が聞こえた。僕を連れてきた人たちは、僕の背中をそっと押す。僕が前に出ると、誰かが目隠しを外した。
唐突な眩しい光に目が開けられず、しばらくは目を瞑っていた。そして再度目を開いたとき、目の前に黒いローブを着た男女が、僕を見下ろしているのが見えた。
「被告人、あなたは原告の恋人を殺害しましたか?」
そうか、僕は裁判所に連れてこられていたのか。
「いいえ」
僕の後ろの方で、観客がざわめきだした。
「そんなの嘘よ!あんたは、あたしのリヒトを殺したのよ!あたしはちゃんと見ていたんだから!」
忌々しい女の、忌々しい金切り声。よくもまあ、公衆の面前で失態を曝け出せるな。尊敬するよ、そういう勇気。
裁判長の、「静粛に」という言葉が響いた。
「事件直後の裁判で、あんたは死刑を免れた。あたしのリヒトを殺しておきながら、悠々と釈放されたのよ。あたしはそれが許せない!あたしのリヒトを返して!十年前の、あの幸せだった日に戻して!」
裁判長の、「静粛に」という言葉が響いた。
「……話を戻しましょう。あの部屋で、原告の恋人はなぜ、包丁を持ったあなたの横で亡くなっていたのですか?」
観客がまた、ざわめきだした。
「あなたが彼を殺害したから。そうではないのですか?」
「違いますが、再び証言いたしましょう。十年前に起こった、あの事件の真相と、彼の死の原因について」
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