第12話 祈りが届くまで
思い通りにいかないものを繋ぐのは容易ではない。
修復などほぼ不可能に近い。しかしそれでも願っていた。
いつか、いつか叶うかもしれないと。届くことを信じていた──。
それなのに。
知紗を見ると、母の表情が浮かぶ。
あまりにあっけらかんとした知紗は、背筋に怖気が走るほどだった。
あの優しかった有凪は、知紗によって侵されたと言っても過言ではない。
少しのことで怒りを示し、泣くようになった。
1867年(慶応3年)正月。
零慈は玄関先の門松に目を奪われていた。
「これ、本当に勇佑がしたのか?」
「はい。皆様に喜んで頂きたくて」
勇佑の頬が緩んでいる。そう話すのも無理はない。今でも特別な正月だが、この頃は五穀豊穣の年神様が家々にやって来る最も大切な日だったのである。
「先程母上も見ておられたようで・・・久しぶりに母上が笑っていたような気がするんだ」
ひとりでに呟いた言葉は真実だ。まるで心が洗われたような、何かから解放されたかのような微笑を浮かべ眺めていたのだから。
それが零慈にはこの上ない幸せに感じたのだ。暗鬱とした
「はい。また、始まりです」
力強い勇佑の言葉に耳を傾けていると、明るい声が貫いた。
「勇佑さん」
「知紗様」
視界に飛び込んで来たのは、知紗だった。
「・・・・・・・・・・」
知紗は零慈に見向きもせずに、勇佑と言葉を交わしている。
「あら、お兄様。おはようございます」
零慈の細い視線を感じたのか、知紗は笑みを湛えたまま挨拶をしてきた。
「先に俺にするものじゃないのか」
「勇佑さんと目が合いましたもの。お兄様は目を合わせてもくれませんでしたし」
「お前が目を合わせようとしなかっただけだろう?」
「何を言うのですか。お母様はわたくしと目が合うとあいさつして下さいましたの。笑っておられて少し話もしました」
「・・・少し話しただけでいい気になるな」
『母上と話した』
その知紗の言葉が、零慈の
有凪を追い詰めているのは間違いなく知紗だというのに、それを何も感じていない知紗にただただ怒りが込み上げていた。
「お前はな──────」
そう言いかけた時、父の嵩慈が声を掛けてきた。
「零慈、挨拶周りだ」
「はい。準備は出来ています」
今年から父に付いて共に挨拶周りに行くことを、零慈は前々から伝えられていた。
「お父様、今年もよろしくお願い致します」
知紗は父に幾度目かの挨拶をすると、父の嵩慈は苦々しい表情を浮かべた。
「もういい。知紗、部屋に戻りなさい」
「見送ってはいけませんか?」
「必要ない。勇佑、知紗を頼んだぞ」
「は、はい・・・!承知致しました」
突然声を掛けられたからか、勇佑は一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに精悍な顔つきに戻る。
「お父様っ!」
それでもなお食い下がろうとする知紗が声を掛けて来る。
「知紗様────」
「いい加減にしないかっ」
駆け寄ろうとした知紗に、大声で嵩慈が知紗を足止めした。
「知紗、父に逆らう気か」
「そのようなことございません。わたくしはただお見送りを・・・」
「必要ないとそう話したが、お前には通じぬか」
零慈はただ父の圧に押されていたが、当の知紗は全く意に介さず、父の嵩慈を食い気味に見つめている。
「必要ないものは必要ない。・・・部屋に戻れ」
「嫌にございます。
「遠ざけようなどしておらぬ。見送りなどせずとも挨拶周りだけじゃ」
声が互いに大きくなるのを見て、零慈は勇佑を見やると目線で促した。
「知紗様───」
勇佑が促されるままにそう再び名を呼ぶと
「まぁ、どうなさったの?」
久しく聞いていなかった優しい声に、勇佑と共に零慈は振り返ったのだった。
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