第5話 思うままに

「奥様、今お布団を敷きますので」

「要らないわ」

「え?」

「要らないと申しました。聞こえませんでしたか?」

有凪が女中に目を向けた。

「あっ・・・・こ、これは些か無礼なことを・・・・!!」

女中は必死に頭を下げている。布団を敷こうとしたのは若い女中だ。

歳は16だと言っていた。

「1人になりたいのです。部屋を出て頂けないかしら」

さらに怒りの籠った声と目で有凪は女中に対する。


「は、はい。失礼致します!」

女中が障子を閉めると、辺りは音もなく静まり返った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



静まり返った部屋で、有凪はただ考えていた。

ただ、ひたすら。

──────────知紗の、嗤っている姿。


可笑しい以外の何物でもなかった。

無邪気に笑う知紗なら、日々と同じ。しかし、今日は違った。


知紗が触っている蝉を見て、知紗が蝉を殺したのではないかと、そう思ってしまった。

そして、自分に見せた笑顔。


それさえ、恐怖に思えてしまった。


自分が生んだ子。生んだ娘。

私の5年間は何だったのか。娘が欲しかった私の元に生まれた知紗。

その知紗が、私の望みのモノではなくなっていく恐怖が身体をなぞっていく。


「知紗は・・・・・・知紗は、わたくしのモノよ」


畳の一点を見つめたまま、有凪は呟いた。

たとえ泣いても喚いても、知紗を恥ずかしい子に育ててはいけない。

岡川家の末端である私が、岡川家に泥を塗る訳にはいかないのだ。



「幸江さん、全てわたくしの言う通りにして下さい。問答無用です」

その後、有凪は部屋を出て大声で女中の尾上幸江を呼び出し、そう幸江に話したのだった。

「ち、知紗様にでございますか?しかしながらそれは些か・・・・・」

「わたくしの言葉を実行出来ないと申すのですか?」

「いえ、そのようなことは決して・・・・!」

「では何故なにゆえ、そのようなことを申すのかしら」

有凪の冷徹な視線に幸江は怖気づき、目を合わせられなかった。

「知紗様を、お守りしたいが故でございます・・・」

「知紗を守る?」

有凪はさらに言葉に圧を込める。

「あの子は守られるような子ではありません。どんなに酷いことをしようとも、わたくしの申すことを通して下さい。分かりましたね?」

「はっ・・・・はい!」

「何度も申しますが、あの子はわたくしが生んだ子。勝手な振る舞いは断じて許しませんわ」

「承知致しました!」


殺気だった様子の有凪に、幸江は視線を上げることが出来ずにその場で座礼をし続けていた。

そして有凪の足音が聞こえなくなったところで、視線を上げた。

「奥様、何故なにゆえそこまで・・・・」

見たこともない有凪の様子に、ただただ幸江は呆然としていた。



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